5.悪質・不当要求対策

1.悪質・不当要求とは

 患者・家族から,医療機関・医療従事者に対し,不満や怒りを伴う何らかの要求や苦情が申し立てられる場合があり,「真摯に誠実に対応する」「理解が得られるよう誠心誠意,組織として対応する」ことが基本的な対応である.他方で,これらの一般的な要求や苦情とは異なり,悪質・不当な要求がなされる場合には,しばしば医療機関においてもその対応に苦慮することがある.以下では,医療機関で問題となる悪質・不当要求への対策について述べる.

 悪質・不当要求はカスタマーハラスメントとも言われるが,その内容は,①要求の根拠が正当でない,②要求内容が過大である,③理不尽な要求である,④要求を通すためにあらゆる方法を用いる,⑤粗暴な行動をとる,である.

 悪質・不当要求の根底にある要求は,金銭要求(言いがかりをつけてお金を払いたくない)と特別待遇の要求(自分だけ特別に扱ってほしい)の2つに絞られる.対策を講じないと,エスカレーションし,違法な行為へと発展し,法的措置をとる必要が生じる.脅迫罪,暴行罪,傷害罪,威力業務妨害罪,器物損壊罪,名誉棄損罪など,関連する法律の知識をもっておくと,何罪にあたる可能性があるのか,気づくことができる場合がある.

 

2.悪質・不当要求に対する基本的な考え方

 一般の要求や苦情と,悪質・不当な要求では対応が異なる.一般の要求や苦情に対しては,話合いにより,問題解決へと導くことができる.これに対し,悪質・不当な要求は,一方的な要求で話合いにならない.話を十分に聞くほど,要求をエスカレートさせてしまうため,時間をかけるのではなく,時間を決めて対応するのがポイントである.悪質・不当な要求をする者は,要求が通るまで何時間でも時間をかけようとする.長時間にわたり業務が妨害されることのないように,職員は基本対応を行い, 対応する窓口では初期対応が重要となる(基本対応と初期対応については後述).

 悪質・不当な要求をする者の特徴は,被害者意識をもち自分の行動を正当化し,時に揺さぶりをかけて相手の力を見定め,他者に対する共感性がないため,相手が弱いとみれば徹底的に攻撃する.そのため,時間をかけて誠実に対応すれば,解決するという幻想は捨てる.

 

3.医療機関における悪質・不当要求対策(表18)

 一般の要求や苦情には,患者相談窓口や医療メディエーターなどが対応する.悪質・ 不当要求や,暴力に訴える主張に対しては,医療安全室,渉外課などの窓口が対応し,当事者が精神的な問題を抱えている場合は,主治医の判断を基に対応する.

 悪質・不当要求への対応は,個人対応ではなく組織対応となるため,対応窓口は1つにしておく.

①予防策

 あらかじめ組織の方針を明示する.外来や病棟の目につくところに悪質・不当要求防止の啓発ポスターを掲示する.病院(診療所)案内,診療案内,入院誓約書,ホームページなどを活用し,悪質・不当要求を絶対に許さない組織の方針を示す.また,過去に多く発生したトラブルの内容については,患者に事前に情報開示する,追加修正を説明文書に加えるなど,準備をしておく.また,これまでにトラブルに発展した事例に対応すべく,院内の文書マニュアル,規程などについて弁護士のリーガルチェッを受けておくとよい.

②発生時対応と事後対応

 悪質・不当要求発生時の対応のフローチャートを示す図29).悪質・不当要求には1人で対応せず,職員は応援要請をし,発生現場において複数人で基本対応を行う. 基本対応とは,毅然と対応する,会話は最小限にすることで揚げ足をとられないようにする,即答しない(病院として事実を確認してから回答するなどと答える),約束をしない,事実確認ができない段階で謝罪しないことである.具体的な対応例については,表19を参照いただきたい.また,対応する時間を決めておき(例えば15分以内など),マニュアルで職員に周知する.医療従事者が決められた時間を要して対応しても,エスカレーションを防止できない場合には,緊急コード(例:コードホワイト)で全館放送あるいは防災センター,医療安全室などの対応窓口に連絡し,初期対応に切り替える.応援要請を受けた窓口の職員が発生現場に急行する.複数人で対応し,速やかに記録する.また,防犯カメラ,IC レコーターなどを活用し,証拠を残す.エスカレーションを防止するために,決められた場所に誘導し,あらかじめ対応時間を伝え,悪質・不当要求対応に熟知した職員(人)が対応する.

 違法行為には法的措置をとり,状況により,警察通報し警察官対応となる場合や,事後に弁護士に相談する場合がある.最後に再発防止策を検討し,組織として悪質・不当要求対策を強化していく.