(2)手術療法(保存療法)

・子宮収縮剤,子宮双手圧迫,輸液・輸血,子宮腔内バルーンタンポナーデを行っても産科異常出血のコントロールができない場合は,手術療法もしくはIVR(interventional radiology)により止血を図る必要がある.
・子宮摘出を回避するための保存的手術療法にはcompression suture(子宮圧迫縫合)や動脈結紮がある.
・compression sutureは弛緩出血のみならず,前置胎盤の局所的な出血に対する止血にも有効である.また癒着胎盤の際には胎盤ごと子宮筋を圧迫縫合することにより止血することができる.
・癒着胎盤に対しては,胎盤を子宮内に残置し胎盤の自然排出・消失を期待する保存的対処法も有効であり,子宮を温存できる可能性がある.

1)compression suture(子宮圧迫縫合)

・産科異常出血に対し子宮摘出を回避するために,子宮全体もしくは子宮内の出血点を圧迫するように糸をかけ止血する方法である.B-Lynch縫合をはじめとして様々な圧迫縫合法が存在するが,文献レビューによると止血奏効率は91.7%である.
・出血の原因や出血部位によりcompression sutureの方法は選択される.
・止血効果を高めるため,縫合前に子宮筋にオキシトシン5単位を筋注してもよい.
・合併症の報告はわずかであるが,子宮内感染,子宮瘤血腫,アッシャーマン症候群,子宮壊死などの報告がある.

①B-Lynch縫合(図44)

・子宮体下部に帝王切開創のような横切開創が存在しないと運針できず,また帝王切開術時に子宮切開創を縫合した後に圧迫縫合を行う必要が生じた場合には,子宮切開創縫合部を開放する必要がある.
・1本の糸で子宮全体を圧迫するため運針が煩雑であり,また子宮全体を均等に圧迫することが困難なことがある.

②Haymann縫合(図45)

・運針が煩雑なB-Lynch縫合をよりシンプルに改変した縫合方法である.
・B-Lynch縫合と異なり,子宮体下部横切開創がなくても縫合が可能である.膀胱剝離が困難な場合や出血が子宮体部に限局されている場合は,帝王切開創部の上方から運針を始めてもよい.圧迫止血効果を高めるために,縦糸を左右2本ずつかける変法も報告されている.
・B-Lynch縫合同様,縦糸が外側へ滑脱もしくは内側に滑り込み,十分な圧迫止血効果を得ることができないことがある.

③MY(Matsubara-Yano)縫合(図46)

・B-Lynch縫合やHaymann縫合の欠点である,縦糸の外側への滑脱や内側への滑込みを予防するために考案された方法である.
・縦糸は子宮底部上にかけるように運針するのではなく,子宮底部下で子宮筋の前後壁を貫くように運針する.
・考案者らの報告によると,止血成功率は92%(46/50例)であった.合併症を6%(3/50例)に認めたが,軽度の子宮内感染であり内服抗菌薬で軽快している.

④Cho縫合(square suture)(図47)

・子宮前後壁を四角状に貫くように運針し圧迫縫合する方法である.弛緩出血の場合はsquare sutureを子宮体部全体に4~5カ所行い,子宮前後壁を完全に閉鎖する.前置胎盤や癒着胎盤のような局所の出血の場合は,出血部分に対し2~3カ所にsquare sutureを行う.子宮峡部からの出血の場合は,縫合前に十分に膀胱を剝離する必要がある.
・子宮前後壁を完全に閉鎖するため止血力は高いが,子宮内に貯留した血液のドレナージが不十分となり子宮内感染や癒着の原因になることがある.そのため,子宮全面に使用するのではなく局所的にsquare sutureを行うことが望ましい.


2)動脈結紮

・compression sutureを施行するも出血コントロールができない場合は,子宮血流を減ずるために動脈結紮を行う.側副血行路の発達により,動脈結紮を行っても止血できないこともある.
・動脈結紮の際には,尿管の走行を確認し,尿管を結紮しないよう注意する.
・compression sutureとの併用が有用であったとする報告もあるが,併用による子宮壊死の報告もある.

①子宮動脈結紮術

・帝王切開創2~3cm下方,子宮側壁2~3cm内側で子宮動脈上行枝を吸収糸で結紮する(O’Leary stitch).子宮卵巣血管吻合部(卵巣動静脈と子宮動脈の吻合部)を結紮する方法もある.

②内腸骨動脈結紮術

・後腹膜腔を展開し,内腸骨動脈を総腸骨分岐部より5cm下方で結紮することにより後方への分岐(上臀動脈と閉鎖動脈)を避けることができる.この手法により結紮点より遠位端の血流を85%減ずることができると報告されている.

3)癒着胎盤の保存的対処法(図49)

・癒着胎盤の帝王切開時の対処方法には,1子宮と胎盤の両方を摘出する,2胎盤を子宮筋の一部や周辺臓器と一塊にして摘出する,3胎盤を子宮内に残置し子宮を温存する方法(保存的対処法)がある.
・保存的対処法は子宮内に胎盤を残置し,手術介入を行わずに胎盤の自然排出や消失を待機する方法である.手術中の大量の出血や周辺臓器の損傷を回避し,妊孕性の温存を期待することができる.
・本邦の多施設共同後方視的研究では,保存的対処法を施行した69%(25/39例)で胎盤の自然消失を認めた.残置した胎盤の完全消失までの日数の中央値は89日(6~510日)であった.残りの31%(11/39例)は出血や感染により子宮摘出に至っている.

①術前準備

・自己血(400~800mL)をあらかじめ貯血しておく.手術時は回収式自己血輸血装置を併用することも多い.
・手術中の腟からの出血量の評価や子宮腔内バルーンタンポナーデを行うために,開脚位に近い砕石位にて手術を行う.
・子宮摘出が必要になった場合に尿管損傷を回避するため,尿管ステント(シングルJカテーテル)を留置すると安全である.

②術中管理

・下腹部正中切開にて開腹する.膀胱子宮窩腹膜周囲の怒張血管の有無や胎盤が透けて見えていないかを確認する.超音波検査にて胎盤の位置を確認し,子宮筋層切開予定線をマーキングする.
・場合によっては,慎重に膀胱を子宮から剝離する.この操作を事前に行うことにより,子宮体下部の胎盤剝離面から出血を多く認めた場合も安全に子宮圧迫縫合を行うことができる.怒張血管を認める場合や胎盤が透見できる場合は膀胱剝離を行わない.
・児娩出後にオキシトシン10単位を急速に点滴静注し,胎盤の自然剝離の有無を確認する.
・胎盤の一部が剝離した場合には出血部位を手指で強く圧迫し,子宮圧迫縫合や子宮腔内バルーンタンポナーデにより止血を図る.図50の症例はBakriバルーンR発売前であったためフォーリーカテーテルを使用したが,実際に使用する際は,バルーン内容量が多く圧迫止血効果が高いBakriバルーンRの使用が望ましい.

③術後管理(図51)

・手術翌日まで子宮収縮剤の持続点滴を行い,翌々日から胎盤血流が消失するまで子宮収縮剤(メチルエルゴメトリンR)を経口投与する.
・残置した胎盤の血流は手術後9~13週には消失すると報告されている.血流が消失するまでの間は大量の出血を来す可能性がある.血中hCGが検出感度未満になる時期と胎盤血流が消失する時期はほぼ同じであり,血中hCGは胎盤消失時期の指標となる.出血が大量となった場合にはIVRによる動脈塞栓術による止血を図るが,出血のコントロールができない場合は子宮摘出を速やかに行う.