(1)緊急輸血(DIC 治療も含めて)

1)はじめに

・産科出血における輸血療法の目的
①循環ショックの予防と離脱
②DICの予防と離脱
・産科異常出血は,いわゆるローリスク妊娠においても発症することがあり,各産科施設がそれぞれ対策を立てておく必要がある.

2)産科出血とDIC

・産科出血に伴う凝固障害には,
①大量の失血により凝固因子が減少して生じる希釈性凝固障害
②基礎疾患を背景に凝固が亢進して,凝固因子の消費と線溶亢進が進行して生じる消費性凝固障害 とがある.両方が同時に認められることも多い.
・大量の出血に対して,輸液と赤血球輸血のみを行うと,凝固因子が希釈されてDICに伴う出血が助長される恐れがある.

①DICの診断

・凝固亢進を来す基礎疾患には,常位胎盤早期剝離・羊水塞栓症・妊娠高血圧症候群・子癇などがある.
・産科DICを迅速に臨床診断するために産科DICスコアが有用である(常位胎盤早期剝離の項52頁参照).DICと確診するためには検査成績2点以上を含んだ13点以上となるが,8点以上であれば検査結果を待たずにDICとして治療を開始する.

②フィブリノゲン

・線溶系の過剰な亢進では,(フィブリンだけでなく)フィブリノゲンも分解されて減少する.フィブリノゲン以外の凝固因子は血中濃度が基準値の20%を下回るまで凝固能があまり低下しないが,フィブリノゲンは40%(100mg/dL)以下で凝固能が顕著に低下する.さらに,フィブリノゲンは血小板凝集にも必要である.

・このため,産科DIC治療ではフィブリノゲンの迅速な補充が重要である.最近,フィブリノゲンの血中濃度を2分で測定できる小型の測定装置も販売されている.

3)輸血療法・DIC治療

・産科危機的出血に対する輸血療法は,コマンダーによる宣言と指揮の基に,組織(治療チーム)で行われる医療である.産科スタッフのほか,輸血部門や輸血部門のスタッフも含まれる.
・あらかじめ施設の状況(リソース)に応じた緊急輸血マニュアルを作成し,さらにそのマニュアルにそった正確かつ迅速な対応を定着させるための反復練習(ドリル)を行うことが大切である.マニュアルの作成・改善には,実際の緊急輸血の場面を想定した検討(シミュレーション)が役立つ.
・スタッフ間で緊急輸血の知識と対応を共有しておき,緊急時には速やかに治療チームが(自然に)立ち上げられるような,産科スタッフや他部門も含めた体制の構築が必要である.このためには,他部門のスタッフにも産科出血の特徴を理解してもらい,産科危機的出血の発生がこれらのスタッフに迅速に伝わるような特別なことばを準備しておくとよい.

①輸血開始のタイミング

・出血が持続し,SIが1.5を超えたときは輸血を開始する.ただし,妊娠高血圧症の合併がある場合や,子宮内反症で神経原性ショックを起こしている場合や十分な補液がされている場合はSIは参考にならないこともあり,総出血量(1.5~2.5L)を目安に,意識レベルや尿量・呼吸数なども参考にして輸血開始を判断する.

②輸血製剤の比率

・RBC:FFP=1:1~1.4とする.常位胎盤早期剝離や羊水塞栓症では高いFFPの比率が必要である.

③輸血による副作用

・アナフィラキシー,低体温,高カリウム血症,呼吸障害などの発生に注意して観察する.異型適合輸血を行った場合は,事後にクロスマッチを実施する.

④FFP・クリオプレシピテート(クリオ)・乾燥フィブリノゲン製剤

・フィブリノゲン値が150~200mg/dLまで回復すれば,産科的DICの収束が期待できる.一般に,3~4gのフィブリノゲン投与によりフィブリノゲンの血中濃度が100mg/dL上昇するが,消費の亢進した産科異常出血ではこれより上昇幅が小さくなる.また,PT・APTTは,フィブリノゲンが100mg/dL以下に低下して初めて変化する.
・FFPは解凍に時間がかかること,解凍後は再利用できないことなどを考慮して,一度にオーダーする量を決める.最も多くのFFPを一度に解凍できる装置が院内のどこにあるのかも確認しておく.FFPの大量投与では肺うっ血や肺水腫の恐れがある.
・クリオプレシピテート(保険適用なし,インフォームドコンセントが必要,院内製剤)や乾燥フィブリノゲン製剤(保険適用なし,インフォームドコンセントが必要)では,容量過負荷を避けることができる.フィブリノゲン含有量は,FFPで0.8~1g/480mL(4単位),クリオプレシピテートで0.5~0.8g/50mL,フィブリノゲン製剤は1g/バイアル(50mLに溶解)である.クリオプレシピテートやフィブリノゲン製剤の使用に当たっては,施設ごとに倫理審査などを受けておく必要がある.

⑤赤血球

・Hb濃度7~8g/dLになるよう輸血をする.RBC-LR2単位で通常Hb値が1.5g/dL上昇する.心停止が切迫している場合は,O型血液による異型輸血を躊躇しない(7頁参照).Hb値の高度低下が長時間持続すると多臓器不全が生じることがある.

⑥血小板

・5万/mL未満であれば,PC-LR-10(10単位,約200mL)を10~20単位輸血する.
10単位で血小板数約4万/mL上昇する.フィブリノゲン濃度が100mg/dL以下では血小板の止血効果を期待できない.通常施設内に常備されていないため,自施設までの搬送時間を把握しておく.

⑦遺伝子組み換え活性型血液凝固第7因子(ノボセブン®︎)

・血小板(>5万/μL)とフィブリノゲン(>100mg/dL)・その他の凝固因子の存在下で,強力な止血作用を発揮する.大量輸血・FFP投与や外科的処置などを行っても止血が得られない状況では投与が考慮される.副作用として動静脈血栓やDICなどがある.保険適用外であり,インフォームドコンセントが必要である.

⑧DIC治療

・前述のように,線溶を抑制するトラネキサム酸は,本格的なDICへ進展することを防ぐ目的で初期段階の産科DICに投与することが推奨されている.その他,アンチトロンビンIII製剤(アコアランR,アンスロビンPR),メシル酸ナファモスタット(フサンR),メシル酸ガベキサート(FOYR),ウリナスタチン(ミラクリッドR)が使用されることがある.ウリナスタチンには,抗ショック作用もある.
・循環ショックは,DICを悪化させるため全身管理も必要である.

4)院内緊急輸血体制整備の一例

・産科危機的出血への対応マニュアルの例に示す(図42,表22).・産科医がコマンダーとなり,緊急事態コール「コードむらさき」を宣言することで,
迅速緊急輸血のためのチーム医療が開始される.特徴は以下のとおりである.
①コマンダーのもと,看護師,産科医,研修医,救急医,検査部門,輸血部門,薬剤師からなる治療チームが即時に立ち上がり,輸液・輸血治療・救急救命治療のほか,記録や検体移送などの役割を分担する.
②輸血初期はRBC6単位,FFP6単位(解凍20分),クリオプレシピテート8単位(解凍5分)を1セットとしてオーダーする.輸血部門で解凍が行われ,準備ができたものから順に速やかに使用できる.
③同意やオーダーなどの手続きなどを単純化している.
④事例の振り返りと手順の見直しを行った上で,ドリルを定期的に実施している.※各施設によって,クリオプレシピテートの使用や救急体制などが異なると思われるので,図42,表22 の「対応マニュアル」は,あくまでも参考として,各施設で内容を検討していただきたい.