(3)手術療法(子宮摘出)

・産科異常出血においても,近年のバルーンタンポナーデ,子宮動脈塞栓術,子宮圧迫縫合術などの技術の進歩や産科危機的出血のガイドラインに沿った輸血法の普及などにより,子宮温存が可能となっている.しかしながら,種々の止血操作を試みても止血困難な場合には,子宮摘出術を考慮しなくてはならない.原因にかかわらず,異常出血後の止血のための最終手段として,子宮全摘術が行われるため,全身状態が不良でDICを併発している場合も多く,極めてハイリスクな手術であると認識する必要がある.

1)適応(表23)

・前置胎盤,癒着胎盤,弛緩出血,常位胎盤早期剝離,子宮破裂など分娩時(帝王切開時),分娩後に出血が大量となり子宮摘出以外に止血の手段がない症例は,緊急で子宮摘出術の適応となる.
・分娩前に診断されている前置癒着胎盤や子宮頸癌症例に対して,計画的に子宮摘出術が行われる場合もある.

2)腟上部切断術とCesarean hysterectomy(表24)

・出血が子宮体部からのみの場合,子宮体部を切除する腟上部切断術が選択されることもある.手術時間の短縮や出血量の減少が言われており,比較的低侵襲の術式である.
・前置胎盤など子宮体下部から出血を認める場合には,止血効果が不十分となることがある.そのような場合には,Cesarean hysterectomyが必要になるが, Cesarean hysterectomyは手技が困難で時間もかかるため妊産婦への負担は大きく高侵襲である.

①妊娠子宮の特徴

・妊娠子宮は,子宮が大きく,血管が怒張しており,靱帯や結合組織が浮腫状になっているという特徴をもつ.大きな子宮により視野の確保が困難な場合が多く(特に前置癒着胎盤の場合は大きなだるま型の子宮になる),多数認める怒張した血管を損傷すると異常出血につながる.また組織が脆弱で裂けやすく,結紮糸も緩みやすい.子宮摘出の際には,これらの特徴を理解した上で手術に臨む必要がある.
②子宮摘出術の注意点
・どの程度の出血量で子宮摘出に踏み切るかの明確な基準はないが,DICを併発している場合も多く,術者は確実な手術手技,止血操作が要求される.同時に妊娠子宮の特徴に留意しながら,手術を冷静沈着に行えるかどうかも重要である.またDICを併発している場合は,新鮮凍結血漿を中心として濃厚赤血球,血小板などを十分に補充することはいうまでもない.

3)Cesarean hysterectomyの概要

・以下に通常の子宮全摘術との違いを踏まえ,Cesarean hysterectomyの手順・注意点について述べていく.

①手術時の体位

・腟からの出血を把握するため,体位は砕石位もしくは開脚位を取る.

②子宮腟部の把持

・子宮口が展退している場合には,腟管切断部位の同定が困難となるので,子宮摘出に先立って,子宮腟部の前唇と後唇を2つもしくはまとめて1つの子宮腟部鉗子で挟鉗しておく.この鉗子が子宮摘出時の触診で円蓋部を明示してくれるため,腟管切断部位が分かる.鉗子をできるだけ高い位置(円蓋に近い位置)にかけることにより,不必要な膀胱剝離や不適切な腟壁の切断を避けることができる.

③両側子宮円策・両側卵巣固有靱帯,卵管の切断

・妊娠子宮は血管が怒張しており,血流も豊富であるため,挟鉗・切断・結紮の操作を確実に行う.非妊娠子宮の摘出術時よりも,子宮体側を挟鉗する組織に余裕を持たせ,靱帯や卵管を切断・結紮する.
・通常,卵巣固有靱帯と卵管間膜血管と卵管を一括挟鉗し処理することが多いが,Cesarean hysterectomyの際は切断する部位が幅広くなっており,一括挟鉗することが困難な場合も多い.また,一括挟鉗しても縫合糸が滑脱して無駄な出血をさせることがある.したがって,挟鉗部分が厚い場合には,なるべく余分な結合組織は剝離し,anchor sutureや,8の字縫合などで二重結紮する.

④膀胱の剝離

・膀胱子宮窩への左右腹膜切開線をつなげる.切開した膀胱子宮窩腹膜を把持し,浮かせた際にクモの巣状の血管のない結合組織の部分をクーパー剪刀や電気メスにて切断し,膀胱を剝離する.剝離が膀胱側や子宮・腟側によると出血するので層を間違わないようにする
※癒着胎盤を除くと,通常膀胱と子宮・腟は疎な結合組織で癒合していて,癒着しているわけではない.したがって剝離するというより,膀胱と子宮頸部の間にある疎な結合組織に分け入るような感覚で行う.前置癒着胎盤症例で膀胱の剝離が危険であると判断した場合は,無理に固執せずに次の操作に移行する.

⑤子宮広間膜後葉切開と尿管の確認

・広間膜後葉を腹膜のみに単離し,子宮頸部後壁の仙骨子宮靱帯付着部方向に向かって腹膜を切開する.直腸と子宮広間膜後葉を内側に牽引すると直腸側腔の入り口と広間膜後葉についた尿管が同定される.
・産褥子宮では頸管が展退・開大しているため,尿管が非妊婦と異なり子宮に接近している.そのため仙骨子宮靱帯付近では,尿管を基靱帯トンネル部まで直視下に確認するか,広間膜後葉ごと指でつまんで触診で走行を確認する.

⑥ダグラス窩腹膜の開放

・子宮を上方に牽引し直腸を頭側に緊張させた後,ダグラス窩腹膜に浅い横切開を加えると,腹膜開放部に疎な結合織が見える.その部位より子宮の後面に沿うように手指を挿入しダグラス窩を開放する.その後双手診を行い,子宮頸部と円蓋部を確認する.

⑦子宮動静脈の切断

・周囲の結合組織をできるだけ剝離切断し,子宮動静脈を露出する.子宮動静脈を鋸歯鉗子などで二重に挟鉗し,また子宮側も挟鉗した上でその間を切断し二重結紮する.通常子宮動脈の切断は内子宮口付近で行うが,産褥子宮では子宮峡部が延長,軟化しているため尿管も子宮に接近している.そのため子宮動脈を挟鉗する時には尿管を視診・触診で再度確認し,鉗子から2cm以上尿管が離れていることが大切である.
・膀胱と子宮の癒着が強く膀胱剝離がすべて終了していない場合でも,子宮動脈上行枝が切断できるのであれば(挟鉗する鉗子の先端が膀胱側壁にかからない状況であれば)切断する.これにより,子宮動脈からの血流が絶たれるため,その後の出血が減少する.

⑧子宮傍組織・仙骨子宮靱帯の切断

・子宮傍組織(parametrium)を子宮頸部に沿って長直コッヘル鉗子や直鋸歯鉗子で挟鉗し子宮より切断した後に結紮する.この際摘出側(子宮側)にも鉗子をかけて,子宮側からの出血量を減らす.
※通常の子宮全摘術の時は,子宮側にはなにもかけず,切りっぱなしにおくことが多いが,妊娠子宮はこの部分から相当量出血してくるため,切りっぱなしにはせず,何らかの止血操作を行う.2本の鉗子をかける空間的余裕がない場合には,子宮側を結紮するか,助手にタオルなどで圧迫止血をさせながら,速やかに手術を終わらせる.
・子宮頸管部と腟断端部との位置関係を把握した上で,この操作を必要な回数行う.通常は1~2回の操作で済む程度の距離であっても,無理をせずに3~4回に分けて行う.この操作の際に子宮後壁では尿管を,前壁では膀胱を巻き込まないように子宮頸管に沿わせるように挟鉗する.
・妊娠子宮は頸部が大きく腫大しているため,仙骨子宮靱帯を基靱帯とは別に切断しておく方がよい.この操作時も,尿管との関係に留意する.

⑨腟壁の切開

・子宮腟部を把持した鉗子の位置を確認して,腟壁に横切開を入れ腟を開放する.
・腟に切開を加えたら腟内を消毒し,腟分泌物が腹腔内に逆流しないようにする.
・腟壁は薄くもろいため,過剰に引っ張ると腟壁が裂けるので注意する.腟断端は吸収糸で単結紮縫合かZ縫合を行う.

*組織・血管の挟鉗・切断に関して
Cesarean hysterectomyにおけるすべての手術操作において,組織の挟鉗・結紮を確実に行うことが要求される.そのため手術の状況に応じて,血管シーリングシステム(リガシュアR)などのエネルギーデバイスを活用することを考慮する.これらはCesarean hysterectomyにおける固有卵巣索や子宮傍組織のように厚い組織を確実に凝固切断するときに有効であり,集簇結紮糸の滑脱などによる出血を回避できる.