2.災害の妊産婦への心身の影響

 震災時の避難所などで生活する妊婦では,流早産,子宮収縮,性器出血のほか,蛋白尿や血圧の上昇,浮腫など妊娠高血圧症候群の症状がみられることがある.

 兵庫産科婦人科学会は,阪神淡路大震災のストレスが妊産婦と胎児に及ぼした影響について疫学的調査を行い,その結果を報告している1).それによると,妊婦が地震後1カ月間で気づいた体調の変化のうち最も多かったのが「おなかがよく張った」であり,「尿の回数が増した」「便秘気味になった」「体のむくみが増した」なども多かった.精神的な不安では,「イライラしやすくなった」「涙もろくなった」「憂うつになった」「無気力になった」などが高率に認められた.

 廣瀬らは,震災が妊産褥婦の身体にあたえる影響の系統的レビュー2)において,早産および低出生体重児率の増加の可能性を指摘した.また,妊娠初期に被災した群において,在胎週数および出生体重の有意な減少,早産および低出生体重児率の増加がみられたとし,このような妊娠転帰が悪化するリスクのある妊婦に対して適切な支援が必要であると結論している.

 また,こういった身体的な状態以上に問題となるのは,ストレス下における精神状態である.分娩前後の女性の心理面における震災の影響を調べた系統的レビュー3)によると,産褥うつ病と心的外傷後ストレス障害(PTSD)は最もよく認められた精神的な障害であった.さらに妊婦や産後の女性の精神的健康に影響を考える上で,家族関係が最も重要な因子であることを指摘している.

 被災時の妊産婦の訴えとして,「家族関係など人間関係の変化によって自分が見捨てられた感じがする」「自分の気持ちを表に出す機会がない」「音や揺れに敏感になり震えが止まらない」といったことがあり,適切なカウンセリングやメンタルケアが必要と考えられる.

 震災による原発事故に見舞われた福島県では,妊産婦への影響はさらに特別だったと考えられる.多くの妊産婦が放射線への心配を抱えながら子ども産み育てなければならなかったことから,福島県は継続的な健康管理の取り組みである「県民健康調査」の1つとして「妊産婦調査」を行った4).妊産婦の身体や心の健康状態や意見,要望を把握し,支援が必要と判断された対象者には助産師,保健師による電話相談が行われた.流早死産率や妊娠転帰などには特に差は認めなかった一方,心理面では強いストレスを受けたことが明らかになった.産後うつ傾向の一般的な頻度は10%程度であるが,2011~2012年度は福島県では26%程度に認められ,福島第一原発のまさに地元である相双地区に限ると30%を超えており,震災と原発事故による直接的な影響がうかがわれた.なお,この割合は経年的に減少していて,2018年では全県で18%まで改善している.