5.医療事故紛争のアフターケア

 有害事象が発生すると,患者・家族はもちろん,医療者もショックを受け心理的に混乱する.こうした状況では,ただ,単に客観的な説明を提供するだけでは,問題の克服にはいたらず,逆にエスカレートさせることすらある.以下では,患者・家族, 医療者双方への事故後のケアのあり方について紹介する.

 

1.患者・家族へのケア

 ミスの有無にかかわらず,予期せぬ有害事象が発生した場合,患者・家族は大きな衝撃と悲嘆に見舞われる.こうした状況の中で,深い悲嘆が,怒りへと転化し表出されることがよくある.心理学的には,怒りは表層的感情であり,より深い悲嘆,不安といった感情の転化した表現ともいわれている.

 ここから分かるのは,患者・家族の怒りの感情に,短絡的に反応することは対応としては,適切でないということである.怒って,自身を見失っている人に,客観的な説明をして理解してもらおうとしても,火に油を注ぐ結果となる.怒りの言葉は,悲嘆の表現にすぎない.怒りの背景にある悲嘆の感情に寄り添うことこそが適切な反応といえよう.説明の前に,感情を受け止め共感を示す姿勢を見せることが重要となる.それによって幾分感情が落ち着いた後でなら,客観的説明も受け入れられる可能性が高くなるだろう.

 その上で患者・家族のニーズに,応答していくことになるが,ここでも常にニーズは感情と結びついていることを忘れてはならない.

 第一に,患者・家族は,「真実を知りたい」と告げてくる.医療者は,死因の説明や事故発生経緯の説明を明らかにし説明することを思い浮かべる.しかし,患者・家族にとっての「真実」はより幅広い含意をもつ.分娩室での最後に至る出来事を知ることは,患者・家族にとってみれば,最後に立ち会えなかった自分が,その状況を聴くことで,あたかもその場にいて,亡くなった人へのケアを,疑似的にだが,提供していたような思いを持ち,死を受け入れていく手がかりとなる.

 また,再発防止も,ニーズとして提示される.これも,再発防止につながるなら,自分の妻や赤ちゃんの死が,無駄な死でなく,第二第三の事故を防ぐ意義ある死であったと受け止められるという心情的な意味を含意している.すべてが,悲嘆からの脱却と,亡くなった肉親へのケアの感情が根底にあると考えることが重要である.

 また,金銭請求は,多くの場合,二次的なものに過ぎない.賠償を得ても,その通帳を仏前に備えたまま手を付けられない場合も多いし,全額寄付する人さえいる.過剰な金銭請求が要求されるケースは,それまでの心情への共感,寄り添った説明が失敗し,攻撃感情が強化された結果ということができる.

 患者・家族への対応では,なにより,その主張や感情の根底に,悲嘆があること,そこへの共感とケアが第一義的に重要であることを認識しておく必要がある.

 

2.事故に直面した医療者へのケア

 医療者側も,同様に,ミスの有無にかかわらず,有害事象に直面した場合,強い心理的緊張と,恐怖,自責の念にかられる.怒りを表出できる患者・家族と異なり,医療者は,自身の中にすべての負の感情を抱え込まざるを得ない.こうして孤立化することで,自分を追い込み,離職や,時には自殺にまで至ってしまう.ある意味,患者・家族以上に,つらい苦境に追い込まれるのである.

 もちろん,上司や同僚によるケアがなされていると思うかもしれない.しかし,かなりの頻度で,その言葉や対応が,余計に本人を追い込んでしまうことがある.心理学で転移という現象,すなわち,自分で自分を責めている感覚が,周囲も同様に自分を責めているとの感覚へとコピーされ,善意の言葉やケアが,非難の言葉のように感じてしまうのである.

 近年,注目されているピアサポートの概念は,従来のラインや役割とは切り離し,事故後の医療者ケアに特化した役割の構築を必要としている.医療安全管理者や上司なら,事故の経緯を質問したり,結果を管理部に報告したりすることが役割に包含されているが,ピアサポートでは,事故についてなど質問は一切しない,本人に語ることを求めない,ただそばに寄り添い,話したいこと求めたいことのみに応答することが役割であり,また,聴いたことは一切,管理者も含め誰にも開示しない.すなわち,孤立化させるのを防ぎ,他の役割とは紐づけず,本当に安心して寄り添える役割として構築していくのである.

 それゆえ,新たなシステムとして院内に次のような手順で導入していく必要がある.

①ピアサポーター担当者への研修

 ピアサポーターは新たな役職ではない.現場の看護師,医師のうちから適性のあるものをピアサポーター担当者として複数選び,理念と技法についての研修を受講させる.

②ピアサポート部署の設置と研修

 既存のラインから切り離されたピアサポート担当部署を設置し,担当管理者を置く. 担当管理者もピアサポートの理念と運用方法について研修を受ける.事案に応じて, 適切なピアサポーターを選び,事故にかかわった医療者にあてる.報告は一切求めない.

③既存部署管理者の研修

 既存部署管理者にも,事故発生時にピアサポート部署に報告する役割やピアサポートの理念を理解するための研修を受講させる.

④院内へのピアサポート理念の周知

 院内全体に周知することで,ピアサポートへの理解と,それによって職員が守られていることを共有していく.

⑤第三者機関との連携

 院内の従来の人間関係の影響で,ピアサポーターの関与を拒否される場合がある.そのため,受け皿として,第三者機関と連携して対応してもらうシステムを構築しておく.

 こうした試みは,さほど負担なく導入が可能であり,既に一般社団法人Healsなど, 院内への導入支援や,第三者ピアサポート活動を行っている公益的な団体もある.今後の一層の普及が期待されるところである.