13.がん薬物療法と医療用漢方製剤

・ 自分の専門領域の中で漢方を活かすためには,漢方医学の理論や目的を理解できることも重要である.臨床医の原点は,目の前の患者さんに最適の医療は何かを考えることだが,そこで漢方を発想できること,西洋医学と東洋医学の適応と限界を判別できることが重要である.

(1)がんサポーティブケアにおける漢方の意義

・ がん薬物療法の副作用は混合病態であり,個別対応には限界がある.
・ がんサポーティブケアにおける漢方の意義は,漢方医学が全人的に病態を把握するとともに,多成分系薬剤である漢方製剤が1 つの処方で複数の症状に対応できるという特徴を持つことにあると思われる.「標準治療を完遂するための漢方」という意識が重要である.
・ 支持医療薬にも副作用があるが,漢方製剤では一般に少ない.漢方薬の副作用では甘草かんぞうによる偽アルドステロン症,黄芩おうごんによる間質性肺炎,山梔子さんしんしによる腸間膜静脈硬化症などは覚えておく必要がある.副作用の中で対応ができつつある症状は悪心・嘔吐・好中球減少であるが,有効な対処法のない症状としては食欲不振・全身倦怠感・末梢神経障害が挙げられる.

(2)化学療法サポートチーム(CST:chemotherapy support team)と漢方

・ CST のチームビジョン(目指すべき姿)は,「化学療法を受ける患者さんを全人的・集学的にサポートする多職種協力型チーム」であり,医師(腫瘍内科医),看護師(がん看護専門看護師,がん薬物療法看護認定看護師),薬剤師(がん専門薬剤師),理学療法士,医療ソーシャルワーカー(MSW),管理栄養士,臨床心理士などから構成される.
・ CST カンファレンスは,身体的問題(口内炎,皮膚・爪病変,食欲不振など),心理的問題(うつ状態,治療継続への迷いなど),地域連携(自宅近くのクリニックと当院の連携など),家族のサポートなどについて討議し,CST から各科医師に問題の解決策を提案する.この時には漢方を含む提案もされる.
・「 がん治療サポート外来」は,外来化学療法室に常駐する腫瘍内科医が化学療法に伴う患者の悩みを拾い上げ,診療科横断的に対応し,漢方医学的観点からも診察し,問題解決の手段として漢方を提案し,実際に漢方処方をしている.

(3)代表的漢方処方のエビデンス

1 )半夏瀉心湯
・ 非小細胞肺癌患者においてイリノテカン(CPT- 11)によるグレード3 以上の下痢が半夏瀉心湯の予防的投与により有意に減少すること,大腸癌患者においてフッ化ピリミジンを含む化学療法で生じたグレード1 の口内炎に対して半夏瀉心湯の治療的投与によりグレード2 以上の持続時間が有意に短縮されることなどがランダム化比較試験(RCT)で検証されている.
・ 口内炎に対しては半夏瀉心湯を口の中に含んでしばらくしてからの服用,半夏瀉心湯を濃く溶かして綿棒での塗布,口腔ケア用ジェルに混ぜての塗布,あるいは製氷機で半夏瀉心湯のアイスキューブを作り,少しずつ舐めるなどの局所投与も実践されている.
2 )六君子湯
・ 進行胃癌に対するシスプラチン+ S- 1 療法による食欲不振に対して六君子湯の併用で食欲不振のグレードが有意に軽減することがクロスオーバーRCT で証明されている.
・ 食欲増進ホルモンであるグレリンの胃壁細胞からの分泌を促進したり,視床下部でのグレリン受容体発現を回復させたりする作用機序が解明されている.
3 )牛車腎気丸
・ タキサン系抗がん薬(パクリタキセル,ドセタキセル)による末梢神経障害には以下のような牛車腎気丸の有効性のエビデンス(RCT)がある.子宮癌・卵巣癌のカルボプラチン・パクリタキセル療法による末梢神経障害に対して牛車腎気丸がビタミンB12 と比較して異常閾値の頻度が有意に低かった.また乳癌のドセタキセルを含む化学療法では牛車腎気丸の予防的投与により末梢神経障害の発現率やグレードがビタミンB12 に比して有意に低かった.
・ オキサリプラチンの末梢神経障害に対しては牛車腎気丸の有効性についてエビデンスに乏しく,日本がんサポーティブケア学会のがん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引きでは推奨されていない.
4 )芍薬甘草湯
・ こむら返りの特効薬であるが,がん薬物療法では,非小細胞肺癌のカルボプラチン・パクリタキセル療法による筋肉痛・関節痛に芍薬甘草湯が有意に軽減させることがRCT で報告されている.

(4)代表的症状に対する漢方処方

1 )口内炎
・ 半夏瀉心湯が第一選択である.下痢を伴っていたり,上腹部がつかえている時によい.
・ 食欲不振や上腹部のつかえがある時には黄連湯,口渇・便秘傾向や上腹部から胸部にかけての膨満感・不快感がある場合には茵蔯蒿湯いんちんこうとうがよい.
2 )全身倦怠感・疲労感
・ がんで気力や体力が弱る際に使用する三大補剤と呼ばれる処方群がある.
・ がんに伴う疲労感に対して RCT で有効性が証明されている処方は補中益気湯であり,気力が衰え,食欲不振・味覚障害などを伴う場合によい.貧血や皮膚の乾燥がある例には十全大補湯,さらに咳嗽などの呼吸器症状や不眠などの精神症状を伴う場合は人参養栄湯が適応となる(図26)
・ 冷えがあり,下痢傾向の場合は真武湯しんぶとう,冷えが強く脱水傾向の場合は人参湯がよい.
3 )食欲不振
・ エビデンスがある処方は六君子湯であるが,心窩部のつかえ感や軟便・下痢を伴う時は半夏瀉心湯,倦怠感が強い時は補中益気湯がよいであろう.