1.医療事故発生時の初期対応

1.医療事故発生時の対応の基本

 医療事故が起きた際の基本方針は,以下の4点である.

  • 事故に伴って起こり得る患者・家族などの不利益をできるだけ軽減するために,病院各部門の協力のもと,あらゆる努力をする.
  • 病院側の過誤の有無あるいはその程度にかかわらず,患者・家族などに対する誠実さ,社会に対する誠実さを第一に対応する.
  • 当事者は自己の保身を考慮すべきではなく,また,幹部職員は病院の評判が傷つくことなどを考慮してはいけない.
  • 医療事故における過失の秘匿・隠ぺいは,時に過失自体よりも罪が重いことを自覚しなければならない.

 

2.医療事故が発生した場合の現場での対応

①患者への応急処置

 医療事故が発生した場合,その初期対応を適切に行うことがその後の事故解決にとって最も重要なステップである.医療事故への対応の最初のステップは,患者への応急処置の実施である(図7).患者の状態を把握し,障害のレベルを判断する必要がある.身体に重大な影響が及んでいる可能性がある場合には直ちに,他の医療スタッ フ(医師・助産師・看護師など)にも応援を要請するとともに,ショックや心肺停止などの場合には,救急カート,バッグバルブマスク,除細動器の手配なども要請する. また,患者の状態に応じて院内の緊急招集ルールに則って医療処置を行うために必要で十分な人員の確保を行う.可能な施設にあっては,救急処置においては部署内のみではなく,救急医療の専門医などの応援を要請して,集学的な治療を早期から的確に行うことが重要である.

②患者への配慮と家族への連絡

 予期せぬ事態が発生して生命の危機的状況が生じた場合,患者は強い不安やパニック状態に陥る可能性がある.患者には絶えず言葉をかけ続けることが重要である.また,患者を1人にしないようにする.処置中のプライバシーへの配慮も必要であり,適宜, 個室などに移動して対応することも重要である.

 重大な医療事故の場合,家族に対しても速やかに連絡を行い,急変があったことを伝え,速やかに来院していただく必要がある.来院時にはその時点で把握している事実関係と今後の治療方針について説明することが重要であり,事実として分かる範囲を簡潔に説明する.この段階において推測で事故原因や予後の見通しなどを話すことは避けるべきである.2回目以降の説明でその後に分かったことは順次説明していくことをあらかじめ説明しておくのがよい.

 2回目以降の説明では,医療者が患者・家族に一方的に説明を行うのではなく,双 方向のコミュニケーションが重要であり,傾聴と共感の姿勢を重視して対応することが重要である.過失が明白な場合には直ちに謝罪することが肝要である.

 患者や家族への説明内容については,お互いのやり取りについても記録する.誰が誰にどのように説明し,それに対してどのような発言があったか,反応があったかについても診療録に記載する.患者や家族の求めがあった場合には,説明者と患者または家族が署名した上で病状説明の記録のコピーをわたすこともある.

③現場の保存と事実関係の記録

 一時的な救命処置後には,事態の把握のために現場をフリーズして,時刻合わせをして経過を確認する表6.臨床データ(モニター類の記録,内視鏡手術などでは術中の動画),薬品が用いられている場合にはその薬剤の保存,使用していた医療器具の保管,現場の状況の記録などを行う.同時に追加的に必要な検査についての検討を行い,必要に応じて検査を実施する.

 医療事故発生時には,状況と経過を正確に記録する必要があり,処置の数分の遅れが理由で過失とされることもあり得るため,できる限り正確な時刻記載が求められる. 医師の診療録と看護師や助産師の記録として事実に基づいて記録する.事故の発生時の状況,発生した際の患者の状況とそれに対して行った処置の内容など,経時的に分単位で記載を行う.記載内容は事実のみを客観的に記載する.自己弁護,他者への批判,感情的表現,想像や憶測に基づく表現や記載は行わない.

 事故発生時は事実認識が錯綜しやすく,記録内容が不正確なこともあり得る.その場にいた医師や看護師らが全員で相互に事実関係を確認し,事実関係の経緯についての記録を行っていく.医師の記録と看護記録で処置の時間などが異なる事態が発生しやすいが,この段階で両者の記録を確認し,事実関係とその時間的な経緯を整理しておくことが必要である.診療録の記録の際には記録した日時と署名を行うことで,経過を明確にする.

 初期対応時および初期対応終了時の記録のポイントを表7にまとめる.

 絶対に行ってはいけないことは,事実と異なる記録や記録の改ざんである(表8).紛争になった場合に,事実と異なる記録や改ざんされた記録が事故の本質と異なる部分であったとしても,その医療機関側の主張の信頼性が著しく低下する.

 記録の修正が必要になった場合,紙カルテでは,訂正前の内容が分かるように二重線を引き,訂正内容と訂正した日時と訂正者の署名を記載する.電子カルテでは,いつ,誰が,何をどのように訂正したかのログが残る.その場合でも,訂正した時点で, 訂正した理由をその時点のカルテに記載しておくことが望ましい.また,正しい事実に基づく訂正であったとしても,あまり時間が経過してからの訂正,ましてや紛争化した後に訂正された場合には,改ざんと疑われても仕方がないと思われるので注意すべきである.

3.医療事故発生時の院内での報告と対応

 患者・家族対応を行う現場のチームとは別に,事故の原因究明や院内への報告(場合によっては院外との対応)を担うチームを構成して役割分担する.

①施設内での報告

 重大な医療事故が発生した場合,第1発見者は各部署のリスクマネージャーと部署責任者に報告するとともに,院内の医療安全管理部門に連絡する.医療安全部門は事故の重大性を踏まえて,医療機関の管理者(院長)に報告する.

②一次検証

 医療安全部門は直ちにコアメンバーを招集して,関係者の聞き取り調査現地調査を踏まえた一次検証を行い,その結果を医療機関の管理者(院長)に報告する.

③非死亡事故への対応

 事例の重大性を患者の傷害の程度,過失の程度,患者・家族の反応を勘案して判断し,外部委員を入れた医療事故調査委員会で検証するか,小規模の院内組織で検証するかを判断する.

④死亡事故への対応

 死亡の場合には剖検の実施警察への連絡死亡診断書の発行などにおいて医療機関として特別の判断が必要となることがある.医師法 21条に基づく異状死の届出解剖の判断医療事故調査制度への報告の要否などである  

a.異状死の警察署への届出

 医師法 21条は異状死が発生した場合には 24時間以内に警察への届出を規定している.患者の死亡後には,迅速にリスクマネージャーに連絡して事故の一次検証を行い,医療機関の管理者(院長)と相談して届出の要否を判断する.異状死の届出については,本書71頁(2)医師法21条(異状死体届出義務))を参照されたい.

b.異状死としての届出を行った場合

 警察署への届出を行うと警察官や司法警察員が来院して検視が行われる.患者にチューブ類がついている場合にはそのまま検視を受ける.検視の結果,司法解剖となることがある.現場検証関係者の事情聴取診療関係記録などの証拠書類の押収が行われる.診療関連資料は事務職員の応援を得て,コピーして保存することが重要である.保存がなされていないと施設内でのその後の検証ができないことにもなる.

c.異状死に該当しないと判断した場合

 医療機関側が死因について確信がもてない場合,また,診療過程や死因に遺族が疑いをもっている場合,遺族に対しては解剖を勧める方がよい.遺族が公正な調査を望んでいる場合や医療機関側の判断で第3者機関での調査が望ましいと考えられる場合には,行政解剖が選択されることがある.狭義の行政解剖は,死体解剖保存法8条に基づいて,都道府県知事が設置する監察医が行う死体解剖をいう.この場合,死体解剖保存法7条3号,同法2条1項3号の規定により遺族の承諾は必要ない.監察医がいるのは,「監察医を置くべき地域を定める政令(昭和24年12月9日政令第385号)」により,東京23区,大阪市,横浜市,名古屋市および神戸市に限定されている.監察医制度がない地域では,それぞれ地域の大学の法医学教室が中心となり,監察医制度に準じた形で行われているが,これは狭義の行政解剖とはならず,遺族の承諾が必要になる.2013年4月に「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」(死因・身元調査法)が施行され,遺族の承諾なしに警察署長が職権で解剖(新法解剖と呼ばれる)を実施できる制度があり,この方法を活用して解剖を行うことも可能である.

d.医療に起因する,予期しなかった死亡についての報告(医療事故調査制度)

 医療事故調査制度の対象となる「医療事故」の範囲は,医療法で定められており, すべての病院,診療所(歯科を含む),助産所に勤務する医療従事者が提供した医療に起因する(起因する疑いを含む),予期しなかった死亡または死産が対象になる.患者の死亡または死産がこの制度の対象になるかどうか(この制度の「医療事故」に該当するか)について,医療機関の管理者(院長)が組織として判断する.

 医療機関は,医療事故が発生し,医療事故調査制度の対象になると判断した場合, 図8に示すようにまずは遺族に説明を行った上で,医療事故調査・支援センターに報告する.その後,速やかに院内事故調査を行う.医療事故調査を行う際には,医療機関は医療事故調査等支援団体に対し,医療事故調査を行うために必要な支援を求めるものとするとされており,原則として外部の医療の専門家の支援を受けながら調査を行う.院内事故調査の終了後,調査結果を遺族に説明し,医療事故調査・支援センターに報告する.また,医療機関が「医療事故」として医療事故調査・支援センターに報告した事案について,遺族または医療機関が医療事故調査・支援センターに調査を依頼することもできる.その場合には,医療事故調査・支援センターがセンター調査を行うことになり,その調査終了後,調査結果は医療機関と遺族に報告される.

 

 

4.医療事故の当事者となった職員に対しての配慮

 重大な事故が発生した場合には,当事者となった職員は自責の念から精神的に混乱状態に陥ることがある.通常の勤務に従事させない方がよいと判断される場合もあり, 休職などの措置をとる場合には,本人への連絡係を決めて,定期的に連絡する必要がある.また,精神的なサポートが必要なこともあり,適切な対応措置をとる.また, 警察からの事情聴取や刑事訴追を受ける可能性のある場合には,弁護士への相談が受けられるような配慮が必要である.

 当事者ケアの具体的な方法については,本書 99 (2)事故に直面した医療者へのケア)において後述する.