2.紛争化した場合の対応

1.民事事件の場合(表9)

①窓口の一本化

 紛争が生じた場合,医療側の対応窓口を一本化すべきである.対応する人によって答えが違う.前に話したことが伝わっていないなどという些細なことから,患者側との関係が悪化し,紛争がこじれることがある.患者側と対応する者を決め,情報を一元化することで患者側との意思疎通が図られ,不信感を緩和できる.

②患者側への誠実な対応

 元々,患者は,医師を信頼して診療を受けにきている.期待した結果が得られなかったとしてもすべてが医師の責任ではない.原因が明らかでないのに安易に責任を認めたり,後に容易に事実が明らかになるのに事実を隠そうとしたりすることは避けるべきである.

 医師としてのプライドをもち,真摯に誠実に患者に対応することが肝要である.保険会社の了解なしにその場しのぎに一時金や見舞金を安易に支払うこともよくない. 患者側は,医師が責任を認めたものと誤解し,また,保険会社は事前の承諾なく支払った場合に支払いを拒む場合もある.

③原因の究明と責任の所在の明確化

 患者側は,期待に反する結果に対して,納得できる説明を求める場合が多い

 カルテや看護記録,検査データなどを基に治療経過および内容を分析し,何が原因であったのか,誰に責任があるのかなどを十分に検討する必要がある.原因などがよく判らない場合には,さらに専門的な知識をもつ大学病院の医師や,医会の医療安全部会に意見を求めることも考慮すべきである.

④弁護士,医会,医師会,保険会社との連携

  • 医師は多忙の上,紛争の処理という医業と異なる事柄に時間と労力を割くことは辛い.これに対し,弁護士は,紛争処理を行うことを業務の1つとする専門職である. 医療事件については専門的知見を必要とする場合が多いことから,医療事件についての知識をもつ弁護士に相談し,患者との対応を含め,紛争処理を一任し,弁護士 の指示に基づき対応することがよいと思う.なお,医賠責保険に加入していれば, 弁護士費用は保険で支払われる.
  • 医会では,医療安全部会が中心になって会員の支援を行っている.偶発事例報告妊産婦死亡報告妊産婦重篤合併症報告の各事業を行っており,専門的知見も集積されている.民事事件,刑事事件を問わず,判決が産婦人科医療に大きな影響を及ぼすと思われる事案については,意見書の作成を含めて積極的に支援していることから,医会との連携を前向きに考えるべきである.
  • 医師会にも民事紛争に対応する委員会をもつところがある.そのような委員会があればこれを積極的に活用するとよい.
  • 民事紛争では賠償金の支払いを請求されることがほとんどである.保険会社は,医療側にかわって賠償金の支払いをするが,保険会社にも提携する弁護士や医師がいるので,紛争が生じた場合には,速やかに保険会社に連絡し,事件の報告とともに処理についても相談するとよい.

 

2.刑事事件の場合(表10)

①患者側の態度や事件の重大性,明らかな過失があり警察が事情聴取を始めているなど,刑事事件になる可能性がある場合には,速やかに弁護人を選任する必要がある.

 刑事事件で起訴された場合,わが国の裁判例では,有罪率が極めて高い.通常の刑事事件では,罰金で済むのなら仕方がないとの考えもあるが,医師の場合は,罰金でもその後に医道審議会があり,6カ月の医業停止になることが多い.起訴前の弁護活動が極めて重要であるといえる.

②2006(平成 18)年に発生した保助看法違反事件,いわゆる看護師による内診事件では,医会でも知らない間に,ある医師が罰金で処罰を受けていた.この前例を基に,横 浜・豊橋・青森で保助看法違反事件として大規模な捜索・差押えがあり,医師や看 護師らが被疑者として取調べを受けている.

 当時の医会の副会長であった木下会長の検察庁に対する積極的な説得活動により,不起訴処分になったが,最近の無痛分娩に伴う麻酔事故についても,医会の医療安 全部を中心とする意見書提出などの活動が,不起訴処分につながったことを考える と,医会との連携は不可欠である.

③証拠資料の整備

  • 実施された医療の内容を正しく知るのは医療側である.また,事件の証拠は,医療施設内にあることが多い.捜索・差押などあるいは任意提出などで証拠資料が捜査側にわたる前に,証拠として必要となると思われるカルテ・看護記録・その他検査データなどについて,複写ができるものは,数部複写しておく必要がある.
  • カルテには,略語や外国語で記載されている部分がある.弁護士や捜査機関から必ず意味・内容について確認されることになるため複写の方に判りやすく,説明を付けておく必要がある.手書きのカルテなどの原本に偽造を疑われるような記載をすることは厳禁である.
  • 直接医療に関与した者は,必ず警察から事情聴取を受けることになる.弁護士も事前に誰が,どのように医療に関与したのかを知る必要がある.そのため,早めに医療に関与した者の間で,互いの認識を確認し,共有しておくことが必要である.関与した者が,それぞれ陳述書を作成しておくことも有用である.
  • 犯罪の対象となる医療について,文献(論文や基本書)の記述を調査しておくとよい.
  • 以上の医療側の準備は,弁護士と協議の上行うことでより効果的に事前準備ができ, 捜査機関に対し適切に対応できることになる.
  • 鑑定人や専門家証人の依頼

 刑事事件では,検察側から鑑定意見書が証拠として提出されることが多い.弁護側もこれに対抗して鑑定意見書を提出することになる.2006(平成18)年に発生した県立大野病院事件では,癒着胎盤の剝離の是非という周産期に関する事柄が争われたが,検察側の鑑定人は婦人科腫瘍の専門家であり,弁護側の鑑定人は,日本産科婦人科学会の周産期委員会委員長と前委員長の2人であった.裁判所がどちらを信用するかは自明のことである.このように専門家を依頼する場合には医会や医師会など事情に詳しい者から専門家の紹介を受けることも重要である.