(3)刑事裁判を見据えた性的虐待への対応

1 )最初に行うこと(図8)
・ 子どもの供述は誘導されやすいため,司法面接(検察,警察,児童相談所の三者が協働し,誘導のない信頼性の高い面接を行い録画するもの)で被害児本人から被害の様子を聞き取る必要がある.
・ 警察や児童相談所,性暴力被害者ワンストップ支援センター(以下,ワンストップセンター)からの診察依頼に応じて,司法面接が行われた後で受診した場合,面接で語られた情報を参考にしながら必要な医学的評価を行う.
・ 一方,性的虐待や性暴力被害とは言わずに,妊娠や性感染症,特に年少女児の場合は異常帯下を主訴に来院することがある.妊娠や性感染症が判明し性暴力が疑われた場合は,子どもの記憶を汚染しないよう,被害について詳細な聞き取りはせずに児童相談所や警察,またはワンストップセンターに連絡する.

2 )診察準備(表18)
・ 司法面接の情報から検査の必要性を判断し,産婦人科的問診を追加し,診察と写真での記録についてインフォームドコンセントを行う.
・ 二次性徴発来後の処女膜はエストロゲンの影響を受け伸展しやすくなる.損傷所見の解釈においてエストロゲン作用の有無を考慮する必要があるため,月経歴などから二次性徴の発達段階を把握しておく.
・ 説明のない診察は,子どもにとっては恐怖である.日常生活などの会話を通じてラポールを形成し,年少児であっても分かりやすい言葉で本人に説明する.

3 )医学的所見の評価(産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編2020 CQ428 参照)
・ 診察時の体位は所見の検出率に大きく影響を与える.Supine frog – leg position または砕石位(体格が小さい場合は補助者の上に乗り内診台を使用)および腹臥位胸膝位の両方で観察する(図9).補助者から語りかけてもらうなど,恐怖感と緊張を取り除くよう配慮する.

・ 腟鏡は使用せず,処女膜が見えるように大陰唇に緊張を加えて観察する.専門医のレビューや警察への証拠提出のため,コルポスコープを用いて写真を撮る.
・ 性的虐待の事実を裏付ける根拠となる所見を表19 に示す.

・ 性的虐待は,指や性器などの挿入が繰り返され,時間を経て相談されることが多い.腟の入口径を超えるものが挿入されると,処女膜・腟壁の急激な伸展による損傷が発生する.急性期の損傷は数日で治癒するが,その治癒後の所見が残されていることがある.処女膜後部( 4 ~ 8 時方向)に先天的な欠損は存在しないことから,この部分の処女膜辺縁の不整な陥凹,断裂,欠損は損傷が治癒した所見であり,過去の損傷を裏付ける(図10).
・ ただし,処女膜などに所見がないことが「挿入がなかったこと」を裏付けるものではないことにも留意する.
・ 性器の淋菌およびクラミジア感染症,梅毒,HIV 感染症(いずれも母子感染が否定されたもの)は性的接触の確定的な裏付けである.梅毒,HIV 感染症については,ウインドウピリオドを考慮し,適切な時期に採血を行う.
・ 年少児の場合,診察時に偶発的に「○○からこんなことをされている」など被害が語られることもあるため,診察時の様子や本人が語った言葉についてもカルテに記録しておく.

4 )こころのケア
・ 生活を失わないための選択として長期間相談できなかった被害児は多く,精神的ダメージがないように見えても,表20 に示す何らかのトラウマ(心的外傷)を受けている.

・ 加害者が父であった場合,非加害親との関係性にも大きな影響を与え,トラウマのみならず分離保護により社会生活を奪われることもある.
・ 二次被害を与えない声掛けを行うことは,こころの回復のための第一歩である(表21).損傷所見などを認めた場合であっても,何も損なわれておらず自信をもって生きてよいことを説明する.不可能なことを述べ期待させることは,支援者への信頼喪失につながるので留意する.相談し検査に協力してくれたことを労い,感情的・感傷的にならず,淡々と対応することが望ましい.
・ また,被害後早期から認知行動療法やトラウマケアを行うことが,回復やPTSDの重症化予防に有用とされていることから,必要に応じてワンストップセンターなどを紹介し,カウンセリングを勧める.