宗教上の輸血拒否は医師の裁量権を超える(患者の自己決定権の保護) 〈最高裁三小 2000 年2月〉

1.事案の概要

 エホバの証人の信者である患者A(63歳,女)がX病院において悪性の肝臓血管腫と診断され,輸血なしでは手術できない旨告げられたため,無輸血治療に協力的なY病院に転院し,「輸血以外に救命手段がない事態になっても輸血しないでほしい(絶対的無輸血)」との意志表明をしていた.Y病院の主治医らは「輸血以外救命方法がない事態になれば輸血する(相対的無輸血)」旨の治療方法を採用していた.AはY病院に入院し,主治医らに対しAは輸血を受けることができない旨を伝え,Aは輸血を受けることができないことおよび輸血をしなかったために生じた損傷に関して医師および病院職員などの責任を問わない免責証書を手渡していた.

 Aは肝臓の腫瘍を摘出する手術を受けたが,主治医らは手術の際,輸血を必要とする事態が生ずる可能性があったため,その準備をした上で本件手術を施行し,患部の腫瘍を摘出した段階で出血量が約2,245mLに達するなどの状態になり,輸血をしない限りAを救うことができない可能性が高いと判断して輸血を行った.

 

2.紛争経過および裁判所の判断

 患者は,精神的損害を受けたとして慰謝料1,200万円を請求し,訴訟を提起した.

 裁判所は以下のように判示し,患者が被った精神的苦痛を慰謝すべく55万円の損害賠償を認めた.

 患者の肝臓腫瘍を摘出するために,医療水準に従った相当な手術をしようとすることは,人の生命および健康を管理すべき業務に従事する者として当然のことである. しかし,患者が輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして,輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意志を有している場合,人格権の一内容として尊重しなければならない.患者も宗教上の理念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意志を有しており,主治医らは当該説明を怠ったことにより,患者が輸血を伴う可能性のある手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪ったものと言わざるを得ず,この点において患者の人格権を侵害した.

 

3.臨床的問題点

治療について

 主治医らは,手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生じる可能性を否定し難いと判断した場合には,輸血をするとの方針を採っており,悪性腫瘍を摘出した時点で2L超の出血があったことから輸血を決定していることは通常の対応として矛盾していない.

インフォームド・コンセントについて

 本事例では患者本人が「輸血を行わない」手術を受けることができると期待して入院したことを主治医らは知っていた.手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生じる可能性があると判断した場合には,患者に対し,輸血をするとの方針を採っていることを説明し,入院を継続した上,主治医らの下で本件手術を受けるか否かを患者自身の意志決定に委ねるべきであった.

 

4.法的視点

 裁判所は,患者が自己の治療方針などについて意思決定する権利(自己決定権)は,憲法上保護されるべき権利であることを明らかにし,医療行為そのものに問題はなくとも,患者の有効な同意がない時には説明義務違反として医師が責任を負う場合があることを明示した.

 なお,原則として,本件のように医師が患者に対して治療方針を説明しなかったこ とを正当化することはできないが,例外的に,例えば緊急性が高く患者の意思を確認 し得ない場合には,同意を得ることなく治療を行うことが正当化される場合もあり得る.

 また,重要な場面でのインフォームド・コンセントにおいては,当然に同意書が取得されるべきではあるが,裁判では,同意書の存在は,患者が説明を受け同意したという事実を推認させる事情に過ぎず,その他の事情によっては有効な同意があったとはいえない場合もある.保護されるべき権利として患者の自己決定権を意識した説明や治療方針の決定を行うことが求められている.