配慮不足は訴訟の元.心電図検査中のプライバシー保護 〈T 地裁 2010 年9月〉

1.事案の概要

 内科系クリニック(精神科,心療内科を併設)で特定健康診査を受診した女性患者(年齢不詳)が,心電図検査の実施中(2008年12月)に,5~7歳くらいの男児が診察室のドアを開けて顔をのぞかせたことにより精神的損害を被ったなどと主張し,心電図の検者であった男性医師を相手取って訴訟提起した.

 

2.紛争経過および裁判所の判断

 原告は,①原告が上半身裸で心電図検査を受けていたところ,突然診察室のドアから男児が入室し,被告医師と約2分間会話を続けた,②検査室のドアを開けても検査中の患者が見えぬよう,カーテンをつける,または衝立を置く,などの作為義務があるにもかかわらずこれを怠った,③女性看護師をつけずに男性医師のみで検査を施行したことはセクハラ行為であると主張し,休業補償や慰謝料として140万円の支払を求めた.

 被告は,①男児はドアの隙間から顔を出して「先生,お母さんいない?」と尋ねたのに対して医師は「いないからすぐにドアを閉めてね」と返答したもので,時間にして十数秒であった,②③注意義務違反やセクハラ行為はなく,また口頭や文書で謝罪もしていると主張した.裁判所は,②本件クリニックでは診察室が3室並んでおり, 他の患者が誤ってドアを開ける可能性が否定できない以上,原告の「カーテンをつける,または衝立を置く」べきであるという主張には一定の理由があるとして注意義務違反(過失)を認めた.一方で③女性看護師を同室させずに男性医師のみで心電図検査を行ったことに違法性はなくセクハラ行為を否定した.その上で,カーテンをつけたり衝立を置かなかった過失とその後の体調の変化や休業との因果関係は否定され,精神的損害に対する慰謝料5万円のみを認めた.

 

3.臨床的問題点

 心電図検査に限らず産婦人科診療においては,超音波検査・NST・内診など患者にとって肌を見せる医療行為や検査は医療者側が考える以上に患者や妊婦が羞恥心を感じることを留意しなければならない.特に,患者が診療に伴う羞恥心をどの程度感じるかは個人差が大きいので,その個人差を考慮に入れた予防的な対策をとることが大事である.診察室のプライバシー対策として,カーテンや衝立,内診台で診察体位にしたまま患者を待たせないなどといった基本的な内容を日頃から意識するとともに, 介助する看護職にも徹底することが望ましい.

 

4.法的視点

 日常診療の様々な場面において,医療行為とは直接関係のない問題が生じたり,思いがけずクレームを受けることは珍しくない.誰でも損害賠償請求訴訟を提起することはできるため,その主張の当否はさておき,時には本件のように訴訟にまで発展することもあり,その対応には相応の負担を伴うこととなってしまう.

 その他,乳腺外科の男性医師が術直後の女性患者に病室でわいせつな行為を行ったとして準強制わいせつ罪に問われている事件では,被害女性の証言が術後せん妄によるものかどうかが争点の1つであり,産婦人科診療においても,日頃から,医師1人で訪室・診療を行わない姿勢を徹底すべきである.

 無用な紛争化を防ぐためにも,医師だけでなくスタッフと共に,患者のプライバシーや個人情報の保護に取り組む必要がある.