(3)子宮頸癌・体癌に対する新規標的治療開発(織田克利)

1 )新規標的治療薬導入に必要な条件とは?

 分子標的治療薬は,一般に特定の分子の発現・変異や特徴的なゲノム異常を狙い撃ちする治療戦略であるため,感受性を予測するバイオマーカーの確立が重要となる.裏を返せば,バイオマーカーとなるゲノムや遺伝子の異常が明確で,そのコンパニオン診断(バイオマーカーを検査する方法)が確立されている分子標的薬については,治療薬の候補となる.例えば,HER2過剰発現というバイオマーカーが陽性の乳癌に対して,トラスツズマブ(HER 2 に対するヒト化モノクローナル抗体薬.ハーセプチン®)が適応となっているのがその好例である.子宮体癌や子宮頸癌では,このようなバイオマーカーと分子標的治療薬が1 対1 で対応するものがなかなか見つかっていないため,分子標的治療薬の導入が難しい状況にあった.そのような中で,従来よりも幅広い生物学的特徴がバイオマーカーとして導入されるようになってきており,今後,子宮体癌や子宮頸癌の治療にも応用されていくことが期待される.本邦において現在臨床応用されている分子標的治療薬は,子宮肉腫におけるパゾパニブや子宮頸癌におけるベバシズマブにとどまるが,近い将来免疫チェックポイント阻害薬の子宮体癌(場合により子宮頸癌も)への応用が期待されている.

2 )子宮体癌における免疫チェックポイント阻害薬

 免疫チェックポイント阻害薬は,免疫逃避機構を獲得した癌細胞に対して,細胞傷害性T 細胞による攻撃能を回復させる薬剤である(51~54 頁参照).抗PD-1抗体(ニボルマブなど),抗PD-L1抗体とも他癌腫では臨床応用されている.その中で,2017年5 月にFDA(アメリカ食品医薬品局)は,マイクロサテライト不安定性(MSI:Microsatellite Instability)またはミスマッチ修復遺伝子変異陽性というバイオマーカーを満たすすべての固形癌を対象に,抗PD-L1抗体ペンブロリズマブを承認した.マイクロサテライト陽性の固形癌として,大腸癌・子宮体癌が代表的であり,癌腫を超えて一気に適応が広がったため,本邦でも承認が待たれている.ミスマッチ修復遺伝子とは,DNA 複製時に生じているエラー(ミスマッチ){例えば塩基C(シトシン)の対がG(グアニン)でなく,A(アデニン)やT(チミン)になっているなど}を修復する働きをもつ遺伝子である.MLH1,MSH2,MSH6,PMS2などが主に知られている(61 頁参照).癌細胞において,これらミスマッチ修復遺伝子に何らかの異常がある場合,ミスマッチ修復がうまく働かず,遺伝子変異が蓄積する結果,癌細胞に特徴的な抗原(ネオアンチゲン)が多数生じる.ネオアンチゲンが増えるほど,癌細胞を攻撃するT 細胞が増加するため,免疫チェックポイント阻害薬による抗体治療がよく効くことが知られている.
 子宮体癌において,ミスマッチ修復遺伝子異常の要因としては,生殖細胞系列のミスマッチ修復遺伝子変異(61 頁参照)のほか,MLH1遺伝子のプロモーター領域の異常メチル化(癌細胞のみで起こるので遺伝性ではない)のいずれもが知られている.いずれにおいても免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できるが,Lynch 症候群であれば,大腸癌などの罹患率が上昇するため,血縁者への影響や適切な検診(サーベイランス)にも配慮が必要である.そのため,MSI 検査を行う段階から,適切な遺伝カウンセリングを逐次行っておくことが重要となる(図16).子宮頸癌においても,網羅的解析の結果,PD-L1やPD-L2といった免疫チェックポイント関連遺伝子の増幅(染色体コピー数増加)が高頻度に存在することが明らかとなった.もともとHPVなど免疫学的関与の強い子宮頸癌において,特定の免疫チェックポイント阻害薬が有効な可能性がある.

3 )その他の分子標的治療の展望

 MSI 陰性など,免疫チェックポイント阻害薬の適応とならない子宮体癌・頸癌に対する分子標的治療薬の臨床応用にはもう少し時間を要すると思われる.しかしながら,ゲノム医療において,「Actionable mutation」(臨床試験や他癌腫で適応となっている薬剤が存在し得るもの)に該当する確率は両癌腫とも非常に高い(64~67 頁参照).意外なことに,子宮頸癌では子宮体癌でみられる遺伝子異常と重複するものが多いことが明らかとなった.

 例えば,子宮体癌で高頻度のPTEN やPIK3CA といったPI3K/AKT 経路を活性化する遺伝子変異は,子宮頸癌でも高頻度に見つかっている.実際に,子宮体癌,子宮頸癌,卵巣癌すべてを対象にしたAKT 阻害薬の第二相臨床試験が本邦において実施,報告されており,両癌腫において治療ターゲットとなる可能性がある.ゲノム医療で同定された変異をもとに有効な薬剤を開発していくことは今後の課題であるが,ゲノム医療の発展を通して,癌腫を超えて分子標的治療薬の開発が進み,子宮体癌・子宮頸癌ともに治療のブレイクスルーが到来することを期待したい.