(2)婦人科がんを対象とした分子治療の今(西尾 真)

1 )抗VEGF 抗体

 近年,血管新生が腫瘍の発育・進展に重要な役割を果たすことが明らかとなってきた.血管新生には様々な因子が関与するが,特に血管内皮増殖因子(VEGF:Vascular Endothelial Growth Factor)は中心的役割を果たしている.これまでに卵巣癌,子宮頸癌でVEGF 発現と予後との関連について報告がなされ,保険適用承認薬となったベバシズマブに続いて,新たな分子標的薬の開発が試みられている.
 ベバシズマブはVEGF に対するモノクローナル抗体であり,多くの癌腫に対する有効性が示されてきた.治癒・切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌,非小細胞肺癌(扁平上皮癌を除く),手術不能または再発乳癌,悪性神経膠腫において既に使用可能であったが,2013 年11 月に卵巣癌に,2016 年5 月に子宮頸癌において適応が承認された.
 適応や用法・用量については添付文書に示されているが,推奨されるものを以下に示す.

〈推奨される適応〉

 卵巣癌おいては,FIGO stageⅢ以上の初回治療例,子宮頸癌においては進行・再発子宮頸癌で化学療法しか治療方法がない症例が推奨される.ただ卵巣癌においては実地臨床で,再発例に関しても抗がん剤との併用で広く使用されている.
用法用量:15 ㎎/㎏ 3 週間毎 点滴静注
併用薬:卵巣癌においてはパクリタキセルとカルボプラチン,子宮頸癌においてはパクリタキセルとシスプラチン,それぞれ3 週間毎点滴静注療法との併用.
投与期間:卵巣癌には病勢増悪または最大21 サイクルまで,子宮頸癌には病勢増悪まで行う.
投与開始時期:卵巣癌においてはベバシズマブによる創傷治癒遅延を避けるために,手術から化学療法開始までの期間が28 日以下の場合は化学療法2 サイクル目から投与する.化学療法との併用は6 サイクルで,その後ベバシズマブのみ15 サイクル施行する.子宮頸癌においては,化学療法と病勢増悪まで併用で行う.
 ベバシズマブによる主な薬物有害反応には消化管穿孔,血栓塞栓症,高血圧,蛋白尿,創傷治癒遅延などがあり,特に子宮頸癌において放射線療法の既往がある症例では,瘻孔の発生に注意する.

2 )キナーゼ阻害薬

 がんの特性を規定する分子やがんを取り巻く環境因子に特異的に作用する薬剤を分子標的薬とよぶが,大分子と小分子に分類される.前者は前述のベバシズマブなどの抗体療法が含まれ,後者にはチロシンキナーゼ阻害薬が代表的な薬剤として挙げられる.抗体療法が主に細胞外の増殖因子そのものに対する抗原抗体反応と抗体依存性細胞障害活性や補体依存性抗体活性などのエフェクター活性で作用を発現するのに対して,小分子では主に細胞質内へ移行して増殖因子から核内へのシグナル伝達経路の阻害で作用を発現する.
 チロシンキナーゼは細胞が増殖因子などの外的刺激を核内に伝達し情報を処理する機構の1 つで,セリン・スレオニンキナーゼとともにタンパク質のアミノ酸残基をリン酸化することで情報伝達を行っていく経路として知られている.外的刺激に対する99 %以上の情報伝達はセリンやスレオニンのリン酸化が中心となって行われるが,細胞の増殖・分化や血管新生,細胞死など生命活動の根幹にかかわる重要な情報は,チロシンキナーゼにより情報伝達されている.
 多くの悪性腫瘍では遺伝子の変異・増幅や遺伝子組み換えによる融合遺伝子の形成などに伴うチロシンキナーゼの異常により,シグナル伝達が過度に増強,もしくは恒常的に行われており,発癌や悪性腫瘍の進展がもたらされることが報告されている.そういった腫瘍では,融合遺伝子形成によるチロシンキナーゼの異常,チロシンキナーゼのレセプターの過剰発現,シグナル伝達の増強などをtarget としたチロシンキナーゼ阻害薬が数多く使用されている(表7).現在,婦人科癌においても臨床試験が行われており,今後,保険承認となることが期待される.

3 )その他

 PARP 阻害薬やチェックポイント阻害薬など新規薬剤による治験が数多く施行されており,近い将来臨床現場に導入されることが期待される.なおPARP 阻害薬のオラパリブが,2018 年4 月に保険適用承認薬となった.