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新生児聴覚スクリーニングマニュアル
はじめに目次123456789101112
資料1
資料2資料3資料4資料5資料6資料7


1.新生児聴覚スクリーニングの意義

 先天性聴覚障害が気づかれない場合、耳からの情報に制約があるため、コミュニケーションに支障をきたし、言語発達が遅れ、情緒や社会性の発達にも影響が生じる。聴覚障害はその程度が重度であれば1歳前後で気づかれるが、中等度の場合は“ことばのおくれ”により、2歳以降に発見され、支援開始が3歳あるいはそれ以降になることもしばしばある。しかし、聴覚障害は、早期に発見され適切な支援が行われれば聴覚障害による影響が最小限に抑えられ、コミュニケーションや言語の発達が促進され、社会参加が容易になる。従って早期に聴覚障害を発見し、児およびその家族に対して援助を行うことは重要である。
 聴覚障害の早期療育のために、生後早期に聴覚障害を発見しようとする試みは古くからあったが、これまでの方法は偽陽性率・偽陰性率が共に高く、有効な方法がなかった。1970年代の聴性脳幹反応(ABR)の出現により、初めて新生児に対しても精度が高い検査が可能になり、新生児集中治療室(NICU)に入院した児など聴覚障害の発症頻度が高いハイリスク児(表1)には、ABRを用いて聴覚検査を行うようになった。しかし、ABRは、正確性は高いが、検査所要時間は1件当たり約30分以上になり、多くの場合薬物を使用して眠らせて検査を行う必要があり、全出生児を対象に実施することは困難である。また、検査の実施や結果の判定には経験が必要である。

表1.  聴覚障害のハイリスク因子(1994 Joint Committee of Infant Hearing )

極低出生体重児
重症仮死
高ビリルビン血症(交換輸血施行例)
子宮内感染(風疹、トキソプラズマ、梅毒、サイトメガロウィルスなど)
頭頚部の奇形
聴覚障害合併が知られている先天異常症候群
細菌性髄膜炎
先天聴覚障害の家族歴
耳毒性薬剤使用
人工換気療法(5日以上)

 ところが、近年、新生児聴覚スクリーニングを目的として耳音響放射(OAE)や聴性脳幹反応(ABR)に、自動解析機能を持たせた簡易聴覚検査機器が欧米で開発された。従来の検査法に比して簡便であり、急速に普及してきた。この検査は従来の聴覚生理検査法と異なり、熟練者でなくとも検査を実施でき、ベッドサイドで自然睡眠下に短時間で実施でき、検査結果は自動的に解析されて示され、しかも検査の感度および特異度はこれまでの方法に近い。
 1990年代後半より、これらの方法を用いて出生病院に入院中の新生児に聴覚検査を行うことが欧米で広まり、1998年に早期発見により早期支援が開始された聴覚障害児の言語能力が3歳では健聴児に近いことが示された1)。この結果、米国では多くの州で法制化が進み、2005年の調査結果では、全出生児の約93%が聴覚スクリーニングを受けている2)。米国小児科学会、聴覚学会等の関連学会代表からなる乳児聴覚に関する連合委員会は2000年に、生後入院中に最初のスクリーニングを行って生後1か月までにはスクリーニングの過程を終え、生後3か月までに精密診断を実施し、生後6か月までに支援を開始する(1−3−6ルール)という、聴覚障害の早期発見・早期支援(Early Hearing Detection and Intervention : EHDI)のガイドラインを出した。(Joint Committee on Infant Hearing:Year 2000 Position  Statement)3)
 新生児の聴覚障害の約半数は、表1に示したようなハイリスク児であるが、残りの半数は、出生時には何らの異常を示さない児であり、通常の健診等では聴覚障害の早期発見は困難である。早期支援の効果がもっとも期待されるのは、このような合併症を持たない児であるが、重複障害が疑われる子どもにおいても、早期から支援を行えば、発達が促進される。早期に支援を開始するためには、早期発見が必須であり、そのためには、全新生児を対象とした聴覚スクリーニングを行うことが必要である。
 新生児の聴覚障害の頻度は米国での新生児聴覚検査の成績から、永続的な中等度以上の両側障害は1,000出生中の1〜2人に起こると言われている。本邦では、平成10年度から3年間に行われた厚生科学研究による約20,000例の新生児聴覚検査の結果で、正常新生児からの両側聴覚障害は0.05%(2,000出生に1例)、片側聴覚障害は0.09%であった4)。岡山県でのモデル事業による平成13年から17年までのスクリーニングの結果においても、同様の発症頻度であり、両側聴覚障害は0.06%、片側聴覚障害は0.08%であった5)
 現在行われているマススクリーニングの内、フェニルケトン尿症は7万人に1人の発症頻度であり、最も発症頻度が高いクレチン症でも、5,000人に1人の発見率である(表2)6)。先天性聴覚障害はマススクリーニングが実施されている他の先天異常症に比して、発症頻度は格段に高く、かつ、早期発見により早期支援を行えばコミュニケーション、言語の発達が望まれることから、全出生児対象のスクリーニングを行う意義は十分にある。

表2.  本邦のマススクリーニングにより発見される疾患の発見率(〜2004)(文献6より)

フェニルケトン尿症
ガラクトース血症
楓シロップ尿症
ホモシスチン尿症
先天性副腎過形成症
クレチン症
1/ 7.7万人
1/ 3.6万人
1/ 51万人
1/20万人
1/ 1.6万人
1/ 3,600人

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