Q14.前置胎盤・低置胎盤で出血が多い際の対応は?

ポイント

  • 出血の原因検索(出血点の同定)を行う.
  • 出血点が同定できたら,本稿に挙げた止血方法を試みる.1つの方法で止血できなくてもいくつかの方法を組み合わせることで止血可能となる場合もある.

(1)はじめに

  • 前置胎盤や低置胎盤は子宮下部に胎盤が付着していることから,帝王切開中や胎盤剝離後の出血が多くなりやすい.その理由として,子宮下部横切開をする時に胎盤付着部位周辺は子宮の血管が怒脹していることが多く,それらの血管を切開しなければならないこと,子宮下節は子宮筋の収縮力が弱く弛緩出血となりやすいこと,子宮内膜が薄く癒着胎盤になりやすいことなどが挙げられる.
  • 前置胎盤は突然の出血で緊急帝王切開を要することがあるため,妊娠32 週までには夜間・休日でも緊急帝王切開,早産児や低出生体重児の管理ができる体制下に管理することが『産婦人科診療ガイドライン産科編2020』にも記載されており,多くは病院で熟練の医師のもと手術がされていると考える.
  • そこで本稿では,有床診療所などで低置胎盤などの低めの胎盤の帝王切開を施行していて,想定以上に出血が多かった場合の対処方法を中心に述べる.もちろん前置胎盤の帝王切開でも利用できる内容である.

(2)出血が多い原因の検索

  • 前置胎盤や低置胎盤の出血は,子宮創部,内子宮口,子宮下節からのものがメインである.子宮筋切開部より下からの出血であるので筋層を縫合してしまうと術野には出血が少なくても,腟の方へ持続的に出血してしまうので子宮体部の収縮を確認することはもちろんであるが,必ず胎盤剝離面からのアクティブな出血がないか,子宮下部から湧き上がってくる出血がないかを確認してから筋層縫合を行う.その際,以下のポイントを抑えて手術を進める.

(3)子宮筋層切開部の止血

  • 出血が多くなると術野が悪くなるが,blind での挟鉗や縫合は危険なので助手に出血の吸引をさせながら,術者は以下の手順に沿って術野を確保し止血を進める.
  • もっとも高い位置(母体頭側)にあり血液に埋もれていない直視で確認できる子宮筋層切開部をコッヘルないし粘膜鉗子(施設によって使用するものが異なるが確実に止血できる鉗子)などで挟み,持ち上げる.そうすると近くの出血に埋もれていた筋層が見えるようになるので,そこを同様に挟み,順次持ち上げてゆく.挟む場所は出血している場所を選択するのがよい.それを繰り返すと左右の切開縁に到達するので,切開縁は特に念入りに確認して,裂けている筋層全層をまとめるように挟鉗する.両側切開縁の鉗子を持ち上げれば,膀胱側の筋層切開部も直視できるようになるので出血部位を中心に挟鉗していく(図45).これで,筋層切開部の出血に関してはある程度コントロールできるはずである.
  • 出血が多く焦るところであるが,鉗子が外れたり止血が不十分であれば結果的に時間がかかり,出血が多くなるので上記手順を確実に行う.左右の切開縁の止血に不安がある場合は,1~2針程度先に単結紮縫合しておく手もある.

(4)胎盤剝離面の止血

  • 筋層切開部の出血のコントロールがついても,子宮内腔から湧き上がる出血がある場合,胎盤遺残があることや癒着胎盤があった胎盤を引きちぎって出血している可能性を考える.
  • ガーゼで圧迫し,遺残物を取り除きながら出血点を確認する.弛緩出血も重なっていることがあるため,両手掌で子宮頸部を前後から挟むように圧迫止血することや,子宮収縮薬の投与を指示して出血をコントロールする.一般的に弛緩出血に対しては,副作用の観点からはオキシトシンが優先されるが,ひとたび出血多量で凝固障害になるとさらに止血困難となるため,メチルエルゴメトリンの併用あるいは優先的な使用も考慮する.
  • ある程度ピンポイントに出血している場所が分かる場合は,吸収糸(バイクリルⓇなど)で単結紮ないしZ 縫合止血する.数カ所の縫合止血でコントロールがつきそうであるのであればそれでよい.
  • 胎盤組織が子宮筋に癒着してその部位から出血している場合は癒着胎盤があったものを剝離した可能性があるので,積極的に組織を取り除こうとしない方がよい.子宮下部の胎盤剝離面から複数,広汎に出血している場合や癒着胎盤の断裂が疑われる場合には子宮全摘が考慮される.
  • しかし,子宮全摘をしている間も出血は持続するので(輸血と全身管理ができない施設であれば特に),子宮全摘に進む前に以下のcompression suture を試みてもよい.子宮下部の出血部位を,出血している壁と対側の壁で挟んで圧迫縫合ように(前壁と後壁をサンドイッチするように)に左右縦に縫合する.この際,子宮前方には膀胱があり,後方には直腸があるので,子宮外には針を出さないように縫合する.しかし,穿刺する筋層が浅いと筋層が裂けて出血を助長するので,なるべく大きい吸収糸の針を用いて,大きく広く筋層をとって前後壁を圧迫縫合するのがポイントである.子宮下部が広い場合や止血が悪い場合は,間や上に縫合を追加してもよい(図46).子宮体部のB-Lynch 法などのcompression suture は直視下に穿刺できるのに対し,本手技はblind での手技であるため比較的難しいが,短時間で施行できる手技なので習得しておくことが望ましい.完全に止血できなかった場合においてもある程度出血の勢いを減ずることはできるので,医療資源の少ない場所では子宮全摘にこだわらず,その処置の上で高次施設に搬送する手段もある.

(5)子宮下部の弛緩出血の止血

  • 子宮下節は,分娩時には産道になる場所であるので,もともと子宮筋収縮が弱い.そこに胎盤が付着していたのであるから,弛緩出血はほぼ必発である.したがって,児娩出後の速やかな予防的な子宮収縮薬投与だけなく,術中の胎盤娩出後から術後しばらくの間,子宮収縮薬の持続投与も考慮される.
  • 子宮下部からの出血が多く,術野不良となった際には冷静に対応するために,双手圧迫を行うのも1つの手である.子宮を外に出すように持ち上げ,術者あるいは助手の両手で膀胱子宮窩とダグラス窩を挟み圧迫止血する.双手圧迫中は出血が軽減するので,吸引したり,凝血塊を除去したりして術野を確保する.圧迫しながら,前述の切開部の挟鉗を行っていくのも有効である.子宮収縮薬などの効果がでて,収縮がよくなれば止血が得られるようになるが,改善傾向がない場合は前述の圧迫縫合を行う.
  • 子宮内からのアクティブな出血がなければ子宮筋を閉創する.筆者は前置胎盤や低置胎盤の出血が多い場面においては,あまり密でない連続縫合で強く寄せるように縫合するようにしている.子宮の横方向の収縮作用が働き,弛緩出血の予防にもなるだけでなく,針孔が少ないのも出血を減ずる戦略の1つである.2層目もなるべく少ない針数で大きく子宮筋を寄せるように縫合することを心掛けている.