Q12.複数回の開腹の既往があり,術中高度癒着を認めた時の対応は?

ポイント

  • 腸管損傷を回避するための慎重な手術操作を心がける.
  • 剝離操作により児の娩出に十分な広さの子宮切開部位を確保する.
  • 子宮切開部位の確保が困難な場合は腹膜外帝王切開を試みる.あるいは帝王切開完遂が不可能と判断したら,高次施設への搬送を検討する.

(1)はじめに

  • 全国184 施設280 人の産婦人科医師に対して行われたアンケート調査によると,68.6%の医師が帝王切開既往患者の次回帝王切開時に高度の腹腔内癒着を経験したことがあると回答した1).術前に腹腔内癒着の程度を正確に評価することは困難であるため,手術開始後に初めて強い癒着の存在に気が付くことも少なくない.
  • 本稿では帝王切開開始後に高度な癒着を認めた際に,どのような点に注意して手術を進めるべきかを中心に解説する.

1 )想定される場面:腹膜と腹直筋筋膜が一塊となっており容易に腹腔内に入れない症例

①安全な腹直筋筋膜切開

  • ケリー鉗子や曲型ペアン鉗子などの組織剝離鉗子を用いて,表層の組織を浮かしながら,丁寧に少しずつ腹直筋筋膜を切開する(図40).
  • この時に剝離鉗子が深く入り過ぎると,術者は必然深い層を切開してしまい,腸管損傷などの合併症に直結することになるため,助手は剝離鉗子の挿入を浅く手前にとどめることに留意する.鉗子を一気に奥まで挿入しようとすると,想定以上に深く入り過ぎてしまうことがある.術者は浅い位置で薄皮を削ぐように切開を繰り返し腹直筋筋膜のみを切開する.

②安全な腹膜切開

  • 腸管損傷を避けて安全に腹膜を切開するために,腹膜を把持するピンセットの感触に意識を集中する.腹膜表面の脂肪が十分に取り除かれているにもかかわらず把持している腹膜を厚いと感じる時は,腹膜に癒着している腸管を把持している可能性がある.切開する部位を薄く把持できるまで,何度でも腹膜を持ち直す.
  • 腹膜を切開する際は,メスをペンホルダー(執筆法)に持ち替え,メスの先端で腹膜に小さな穴を空ける(図41).穴が開けば,そこから空気が入り込み,腹膜が一瞬膨張するのが見える.小さく開けた穴から腹腔内を覗き込み,癒着部位を避けながら腹膜切開を広げる.

2 ) 想定される場面:小腸が子宮前壁に強固に癒着しているが,小腸を剝離することにより帝王切開の完遂が見込める症例

  • 小腸が広範囲にわたり子宮前面に癒着している症例であっても,小腸を一部剝離することにより子宮筋層の切開部位を確保できるなら,児を娩出し帝王切開を完遂することができる.
  • 子宮に癒着している小腸の全貌を前後左右から落ち着いて観察すれば,癒着の程度が弱く,薄く膜様に透けている箇所が見えてくる.その部分を突破口に剝離操作を進めていく.小腸を牽引するとともに,子宮を軽く押し下げ,小腸・子宮間に十分にテンションの掛かる状態にして剝離操作を行うとよい.
  • 子宮筋切開は,子宮下部横切開にこだわる必要はない.状況に応じて子宮体部や子宮底部の切開も許容されるが,児の娩出方法や出血の増加,麻酔効果などに留意する必要がある.

3 ) 想定される場面:小腸が子宮前壁もしくは腹膜に強固に癒着しており,小腸の剝離が困難な症例

①腹膜外帝王切開

  • このような症例は腹膜外帝王切開のよい適応である.腹膜外帝王切開は過去には子宮下部を露出する際に,膀胱に対して上方からアプローチする方法(Waters 法など)と側方からアプローチする方法(Latzko 法など)が行われてきたが,近年は成書でも本法について触れられることは少なくなった.本稿では小辻らにより考案された腹膜外帝王切開(中臍靱帯切断による上方アプローチ法)について解説する2).
  • Waters 法は膀胱筋膜(膀胱漿膜)を膀胱筋層から剝離することにより術野を確保するが,小辻らの術式は中臍靱帯(正中臍索)を切断することにより,膀胱を筋層と筋膜に分けることなく膀胱全体を腹膜と子宮下部から遊離する(図42).Waters 法の短所である膀胱損傷のリスクを減らしつつ十分な術野を得ることができる.子宮下部が露出した後の手術操作は通常の帝王切開と同様であるが,腹膜外のスペースにドレインを留置することを忘れてはならない.腹膜外に貯留した浸出液は吸収され
    にくく感染源となり得るからである.

②独力では帝王切開の完遂が見込めないケース

  • 時間的余裕があれば,経験豊富な熟練した医師の応援を依頼する.状況によっては,脊椎麻酔から全身麻酔への移行も考慮する.手術中の搬送は患者にとって負担が大きいため,あくまでも最終手段と考えるが,児娩出前に一旦閉腹し,自院から高次施設に患者を救急搬送した事例も散見する3).

(2)術前に腹腔内癒着の程度を評価することは可能か

  • 帝王切開の回数が増えるにつれて腹腔内癒着の発生頻度は増加する4)(2回目の帝王切開時に腹腔内癒着を認めた割合24.4%,3回目の帝王切開時42.8%.4回目以降の帝王切開時47.9%).ほかにも癒着形成に影響を与える因子として,糖尿病や自己免疫疾患などの基礎疾患,既往開腹手術時の広範囲な腹膜損傷,血液の残存,感染・炎症などが挙げられる5).
  • 術前に腹腔内癒着の程度を正確に評価することは困難であるが,これらリスク因子を適正に評価する努力は惜しまないようにしたい.筆者らは,自院で管理する妊婦が受けたすべての腹部手術の手術記録を可能な限り取り寄せて検討している.
  • 経腹超音波断層法6)やcine MRI 検査7)を用いて臍部の腸管の移動性を観察することにより,腹腔内癒着を診断しようとする試みがある.腹腔内に高度の癒着が予想される症例では指標の1つとして検討する価値がある.

(3)自身が行う帝王切開時の癒着防止策

  • 帝王切開による癒着形成のリスクを可能な限り減らすために,月並みな表現ではあるが丁寧な手術操作を心がけて欲しい.各手術手技の詳細については本書の別稿に譲る.

 

文献

1)新井隆成.産科と婦人科.79:1551-1556,2012
2)小辻文和著,西島浩二編,帝王切開の強化書.金原出版.107-136,2017
3)栗林ももこ.日本周産期・新生児医学会雑誌.54:194-199,2018
4)Tulandi T, et al. Am J Obstet Gynecol. 201:56.e1-6,2009
5)谷垣伸治.産科と婦人科.88:1171-1176,2021
6)Sigel B, et al. Surg Endosc. 5:161-165, 1991
7)Lienemann A, et al, Radiology,.217:421-425,2000