(6)常位胎盤早期剝離

1)はじめに

・常位胎盤早期剝離は,産科危機的出血による妊産婦死亡原因の11%(第二位)を占めており,母体救命のためには適確な診断と迅速な対処が必要な疾患である.また,重症脳性麻痺に至る病態の中では常位胎盤早期剝離が約3割と最も多い原因となっている.
・このように,常位胎盤早期剝離は一旦発症すれば母児ともに重篤な合併症を引き起こす可能性があるため迅速な診断と合併症を念頭においた対応が迫られる.

2)常位胎盤早期剝離(placental abruption あるいは abruptio placentae)とは

・常位胎盤早期剝離とは,正常位置(すなわち子宮体部)に付着している胎盤が,妊娠中または分娩経過中の胎児娩出以前に,子宮壁より剝離するものをいう.
・胎盤の早期剝離は胎盤と胎盤が付着している子宮の内膜面との境界にある基底脱落膜の出血に始まり,形成された胎盤後血腫が増大することによって胎盤をさらに剝離・圧迫し,最終的には胎盤機能を障害する.
・子宮壁の内側を通じて性器出血(外出血)をみる外出血型(図32A)と,剝離した胎盤と子宮の間に出血が貯まり外出血をみない潜伏出血(concealed hemorrhage)となる内包型(図32B)がある.

・子宮の特徴的な所見として,子宮筋層並びに広靱帯内に広く血液浸潤像を呈するCouvelaire(クーブレール)徴候がある(図33).

・常位胎盤早期剝離の頻度は約0.5~1%とされ,既往歴に常位胎盤早期剝離がある場合は注意を要する.また,母体年齢の上昇はリスクを増加させる(表16).
・切迫早産で子宮収縮抑制のコントロールができない場合に,常位胎盤早期剝離の可能性も考慮すべきである.

3)診断

・突然の腹痛(子宮収縮もしくは下腹部痛),性器出血と子宮の圧痛である.
・一般に,妊婦が急に腹痛を訴え,陣痛のように周期的に痛みを覚えるのではなく持続的な痛みとなっている場合や腹部の触診において“板状硬”と表現されるように子宮が持続的に硬度を増した状態となっている場合,常位胎盤早期剝離の可能性を念頭におく.陣痛であれば子宮収縮は1~2分程度で治まるが,疼痛や収縮が持続する場合は疑う必要がある.性器出血は潜伏出血(または内包型)では認めないため注意を要する.
・常位胎盤早期剝離の超音波診断所見は,1.胎盤後血腫,2.胎盤内低エコー像,3.胎盤肥厚,4.胎盤辺縁の鈍化,といったものが挙げられているがその診断精度は高くない(図34).自覚症状,他覚所見,画像診断などより総合的に判断することが大切である.

4)凝固・線溶系の亢進とその破綻(図35)

・通常の胎盤では組織因子(TF:tissue factor)の発現が亢進している.また,凝固因子では,第VII因子,第X因子が増加している.そのため,非妊娠時に比べて外因性経路が容易に亢進する可能性が高い.その一方で,プロテインC,プロテインSの産生が亢進しているため,活性型プロテインC(APC)が活性型第V因子を抑制することで,不必要に組織因子からの凝固カスケードが活性化することを抑制している.一方,線溶系では,プラスミノーゲンが増加しているが,胎盤で産生されるプラスミノーゲン活性化抑制因子(PAI-1および2)が組織プラスミノーゲン活性化因子 (tPA)によるプラスミン産生を抑制することでフィブリンの分解を引き起こす線溶系カスケードの進展を制御している.
・常位胎盤早期剝離によって前記のように均衡の保たれた状態が崩壊し,血液中に多量の組織因子が放出されると,一気に凝固系が亢進して多量のトロンビンが産生されフィブリノゲンが消費されることで消費性凝固障害が進行する.一方,プラスミノーゲン活性化抑制因子による抑制が破綻し,線溶系カスケードが伸展してフィブリンの分解が急速に進む.そのため,常位胎盤早期剝離では,出血量に見合わないトロンビンの産生,フィブリノゲンの消費,フィブリンの分解が引き起こされ播種性血管内凝固(DIC)が引き起こされやすくなる.

5)常位胎盤早期剝離による母体・胎児の急変

・常位胎盤早期剝離における症状と母体や胎児の状態との関連性の分類では,古典的にはPageらよる重症度分類がある(表17).Grade0は分娩後に診断されるもので,通常は分娩室において胎盤娩出後の血塊の付着という所見によって気づかれることが多い.通常遭遇するものは,Grade1~3に相当するものが多い.

・ただし,自覚症状の有無やその程度と児の状態との間に必ずしも相関があるとはいえず,症状を問わず常に児の状態を念頭に置くことが肝要である.
・常位胎盤早期剝離において急性期に注意する必要があるのは,出血性ショック,消費性の凝固障害によるDIC,急性腎不全などが挙げられる.常位胎盤早期剝離を発症すれば,たとえconcealed hemorrhageによって外出血を認めない状態であってもDICは進行し,その後の分娩による出血によってショックが容易に引き起こされる.診断とともに複数の末梢静脈ルート確保,細胞外液の輸液,膠質液や輸血の準備が必要となる.
・DICは,フィブリノゲンが150mg/dL未満となれば出血傾向が高まり血小板の補充では対応できず,またそれとともに胎児死亡の危険性も高まる.産科DICスコアでは(表18),常位胎盤早期剝離という臨床症状のみで4ないし5点を加点して迅速に対応できるようにしている.検査結果を待機することなく早急に判断するという点で意味合いが深いものとなっている.なお,妊娠中フィブリノゲン値は上昇し,非妊娠時と異なり300~600mg/dLが正常範囲であるため,例え200mg/dL台の値を示しても消費性の低下の徴候として注意を要する.

・クーブレール徴候は,子宮漿膜面,特に卵管や広間膜を中心に血液浸潤を来した徴候をさす.必ずしも子宮収縮障害を引き起こすとは限らないので,この所見のみで子宮摘出を決定するのは早急であり,B-Lynch縫合などの圧迫縫合で弛緩出血に対する対応を行うことで子宮温存が可能となる.
・急性腎不全は循環血液量減少性ショックに引き続いて引き起こされる.DICを合併すればさらに血管内ボリュームの確保は困難となるため迅速な輸液・輸血が必要である.

6)発症時の緊急対応

・常位胎盤早期剝離を疑った場合は,胎児が子宮内に存在している場合,確定診断,合併症の有無の検索とともに,直ちに娩出を考慮した体制を整えることが大切である.
・表19に常位胎盤早期剝離の際の一般的な対応を記す.

・母体の全身状態の把握と児の評価を行い,分娩方法やその後の対応を決定する.DICや循環血液量減少性ショックに備えた集学的管理の必要性を考慮して,産科,新生児科,麻酔科,救急科との密接な連携が必要になる.
・母体搬送時に超音波検査を行い生児の場合はその後の胎児機能不全や早産を考慮してNICUと連携する.輸液・輸血・血液製剤を十分に確保して重篤化した際の対応に備える.
・既に胎児死亡に至っていた場合,Pageらの分類にもあるように母体はより重篤な状態となっている可能性がある.死亡胎児を帝王切開で娩出するか,経腟分娩で娩出するかについては一定の方針がないが,DICの進行や多臓器不全を考慮して対応すべきである.
・分娩後の弛緩出血の際も,娩出胎盤に血腫を認めた場合は常位胎盤早期剝離による凝固障害の可能性も視野にいれて,DICを念頭に置いて管理することが必要である.

文献
1)中田雅彦,大路斐子,梅村なほみ,長崎澄人.【母体救命 – 産科医とともに】産科救急疾患 常位胎盤早期剝離.救急医学.2016; 40: 1037-43.
2)FG Cunningham, KJ Leveno, SL Bloom, CY Spong, JS Dashe, BL Hoffman, BM Casey, JS Sheffield. Williams Obstetrics 24thedition. McGran-Hill Medical. 2014.
3)Page EW, King EB, Merrill JA. Abruptio placentae; dangers of delay in delivery. Obstet Gynecol. 1954; 3:385-93.