2.感染症対策

(1)固形がん患者の感染症の特徴

・ 固形がん患者においては,がんの存在そのものおよび治療に伴う感染症発症リスクの増加がみられる.
・ 治療に伴う感染症発症リスクには,がんに伴う症状の緩和に用いる薬剤や,がん以外の基礎疾患に対する治療薬も含まれるため,抗腫瘍薬以外の投薬内容も把握しておく必要がある.

(2)感染症への対応の実際

・ がん患者においても発熱を契機に感染症の可能性を考慮し,随伴症状の問診や身体診察を基に感染臓器を推定して培養検体を採取し,患者背景を加味して起因微生物を推定した上で適切な抗微生物薬※を投与するという原則には変わりがない.
※ 微生物(一般に細菌,真菌,ウイルス,寄生虫に大別される)に対する抗微生物活性を持ち,感染症の治療,予防に使用されている薬剤の総称.ヒトで用いられる抗微生物薬は抗菌薬(細菌に対する抗微生物活性をもつもの),抗真菌薬,抗ウイルス薬,抗寄生虫薬を含む.
・ 一方で,がん患者に固有のリスクに目を向けることは感染症対策上重要である.すなわち,管腔臓器の閉塞・破綻,医療関連感染症,免疫不全という 3 つの軸で患者を評価することである.
1 )管腔臓器の閉塞・破綻
・ 固形がんでは,管腔臓器の閉塞や破綻を来すことがしばしばあり,関連した感染症のリスクを高める.
・ 婦人科がん患者では腫瘍浸潤による尿路閉塞に伴う尿路感染症,術後リンパ浮腫に伴う蜂窩織炎,腫瘍の浸潤による消化管の破綻に伴う腹腔内感染症などを認める.これらの治療に際しては,管腔臓器の閉塞・破綻を修復(例:尿管閉塞に対する尿管ステント留置)しなくては治癒を得ることが困難であり,また,通常よりも長期の抗菌薬投与期間を要することがある.
2 )医療関連感染症
・ 一般に,入院患者に生じる感染症は疾患の治療のための医療介入に関連して生じるものが多くを占め,これらを医療関連感染症と総称する.米国では,病院内での新規感染症の約80%を占めると報告されており,院内の新規発熱患者の鑑別診断を考える際に,重要である.
・ 具体的には
①血管内カテーテル関連血流感染症
②尿道カテーテル関連尿路感染症
③手術部位感染症
④人工呼吸器関連肺炎
・ 抗菌薬投与後の消化管細菌叢の変化に伴って生じる Clostridioides difficile 感染症(CDI,CD 腸炎などと略称される)もあわせて鑑別診断として検討する.
・ がん患者は外来患者でも医療関連感染症(あるいはそれに準ずるもの)のリスクを有している.例えば,CV ポートを留置して外来化学療法を行っている患者は血流感染症のリスクがあり,尿路閉塞のために腎瘻留置を行っている患者は尿路感染症のリスクが高くなる.
3 )免疫不全
・ がん患者は抗腫瘍薬やその他の薬剤投与に伴い,全身性の免疫不全を生じている場合があり,感染症の進行速度や関与する病原体の種類に影響を与える.
・ 免疫不全は,①好中球減少,②細胞性免疫不全,③脾摘後および液性免疫不全の3つに分類すると臨床対応に有用である(表3).

(3)固形がん患者の好中球減少時の発熱への対応

・ 高度の好中球減少が長期に持続する頻度が高い血液悪性腫瘍患者と比較すると,固形がん患者の FN が致死的となる頻度は相対的には低い.一方で膵癌や乳癌などに対するintensity の高い化学療法レジメンを受けている患者や長期に化学療法を繰り返している患者などでは対応が遅れると重篤な転帰をとる事例も見受けられる.
・ FN の予防や具体的な対応は「1.骨髄抑制」の項 4 頁を参照.

(4)固形がん患者における感染症予防

・ 固形がん化学療法の結果生じる好中球減少の程度を考慮すると,化学療法時に抗菌薬・抗真菌薬の予防投与の適応となることは稀である.ただし,「副腎皮質ステロイド製剤のプレドニゾロン換算で 20㎎ / 日以上の 4 週以上の投与」(緩和期や放射線肺炎の治療としての投与などを含む)など,ニューモシスチス肺炎の発症リスクがある場合にはST合剤(少量)の予防投与を化学療法実施の有無とは関係なく考慮する.
・ 抗腫瘍薬投与に伴い B 型肝炎ウイルスの既往感染者のウイルス再活性化による肝炎(de novo 肝炎)がみられる場合があり,時に致死的である.このため,化学療法実施前には HBs 抗原,HBc 抗体,HBs 抗体,HBV-DNA を段階的に測定し,de novo肝炎発症のリスクを有すると判定された場合には肝臓専門医にコンサルトし,核酸アナログ製剤の投与を行う.