災害時における人的支援とその障壁

 産科婦人科診療は,周産期,婦人科,不妊内分泌および女性ヘルスケアの4領域に分かれるが,大規模災害が発生した場合にこれらの中でもより迅速に被災した施設情報を集め対応にあたらなければならないのは周産期と婦人科であると考えられる.分娩,ハイリスク妊娠,新生児,婦人科急性腹症,悪性腫瘍は,緊急性を要する,あるいは,高度なケアを継続する必要があるためである.

 災害が発生した直後の急性期は,周産期においては分娩,NICUの患者の受け入れ,婦人科においては手術や重症患者の受け入れの可否を各施設に確認し,これを基にした患者の受け入れ体制の構築を行う必要がある.被災した地域の産婦人科医会,日本産科婦人科学会地方部会,総合周産期母子医療センター,大学病院などが連携をとり,機能が保持されている拠点病院や団体を中心に地方自治体(行政),DMAT,災害時小児周産期リエゾンなどとも連携を図る必要がある.この時期は,被災した地域内で利用できる施設や人材で対応するとともに,被災地周辺地域の医療機関に被災地域の患者の受け入れを依頼する必要がある.その際,被災した地域の団体・拠点施設は日本産婦人科医会(医会)および日本産科婦人科学会(学会)と連携をとり,把握した被災の状況を伝え,産婦人科診療における物質支援や人的支援の必要性について検討する(図26).

 学会には,災害対策・復興委員会(旧震災対策・復興委員会)が設置されている.この委員会は,東日本大震災を教訓として学会が速やかに災害に対応できるために設置された理事会内委員会であるが,災害時に活用できる大規模災害対策情報システム(PEACE)を整備し,そこに入力された施設情報を把握するとともに被災地の産婦人科と連絡をとり,より効率的に情報を得る体制を整えている.災害対策・復興委員会には,医会の理事,副幹事長(2021年4月現在)もメンバーに入っており,医会と学会が情報を共有できる体制が整えられている.このように人的支援を行うための地方と中央,医会と学会が連携をとるためのシステムが,既に整えられていることを理解しておく必要がある.

 東日本大震災と熊本地震の際の学会あるいは任意の大学の行った人的支援について時系列で提示する.

 東日本大震災では3月11日に地震が発生し,3月15日に学会に災害対策本部が設置された.3月18日に各大学産科婦人科教授宛てに東日本大震災救援のための患者受入れ並びに医療従事者派遣に関するアンケート調査を実施し,3月19日から自主的に複数の大学より石巻市,宮古市への人的支援(派遣)が開始された.3月22日に医会と学会の合同会議を開催,物的支援・義援金は医会,人的支援は学会,行政対応は共同であたることを確認した.各大学のアンケートを基に学会は3月23日に被災地への医師派遣協力を各大学に依頼し,3月25日には4月9日以降月末までの医師派遣担当校を決定した.

 熊本地震では4月14日の余震,4月16日に本震が発生している.学会は急性期に地域の拠点機関に県内基幹施設への人的支援要請に関する聞き取り調査を依頼している.その結果,複数施設からの人的支援要請が確認された.これを基に県健康福祉部から人的支援の依頼が学会に提出され,学会災害対策本部を通じ全国の大学産婦人科に人的支援の医師派遣依頼がなされている.全国の産婦人科施設からの医師派遣は4月22日~6月26日にかけて行われた.

 熊本地震において県健康福祉部(地方自治体)から学会に人的支援の依頼が行われているが,内閣府の災害時における受援体制に関するガイドラインにおいて「都道府県は,被災市町村からの人的・物的支援の需給状況の全体を把握するとともに,国,他の都道府県など外部との情報の結節点となり,適切な人的・物的支援の情報管理,受援調整を実施できるようにしておく」と定められていることによると考えられる.この流れを把握しておく必要がある(図 26)

 災害時に地方自治体からの依頼に応じて人材を派遣した場合,その労務中に生じた傷害などに対する保険や保証は,地方自治体が請け負うことが一般的である.また, 所属機関の自主的判断で医師を派遣した場合は,所属機関が保険を負担する.義援の意味も含めて考えると学会が仲介した場合,学会がこれらを保証するのも方法である. 熊本地震の際は,学会が医師の保険に加入しサポートを行った.