1.緩和ケア

(1)緩和ケアとは

・ 緩和ケアとは何かを考える上で,WHO の緩和ケアの定義を知ることは非常に重要なことである(表37).

・ 対象は生命を脅かす病に罹患している患者だけではなく,その家族も含んだ全人的な苦痛緩和であり,決して終末期のみではなく,早期から苦痛を評価・予防し,対処することで QOL を向上させることを目的とする.
・ ホスピスやターミナルという言葉の歴史的な「看取り」という意味合いから,もっと積極的に全人的に苦痛緩和をするという意味で,現代では緩和ケア(Palliative Care)となっているが,いまだに緩和ケア病棟は看取りの場であるという認識が患者のみならず,医療者の間でも色濃く残っている.
・ 緩和ケア病棟入院料は入院日数で保険点数が下がっていく仕組みになっており,そのことからも,賛否両論はあるものの,できるだけ早期に退院を目指していく急性期緩和ケア病棟という役割が課せられていることが理解されるだろう.

(2)緩和ケア研修会

・ 2007 年に施行されたがん対策基本法に則り,がん対策推進基本計画が策定され,「がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会」を開催することが決められた.
・ がん診療に携わるすべての医療人が,基本的な緩和医療を行えるように,また,専門的な知識や経験が必要な場面では,緩和医療チームのような多職種チームに依頼するタイミングを判断できるようにすることを目的としている.
・ 特に拠点病院では,自施設のがん診療に携わるすべての医師が緩和ケア研修を修了することと施設に所属する初期研修 2 年目から初期研修修了後 3 年目までのすべての医師が当該研修を修了する体制を整備することとされている.

(3)全人的苦痛とは(図36)

・ がん種や原発部位,転移巣部位のいかんにかかわらず,がんが苦痛の原因になっている場合,臨床的な症状の苦痛緩和に際しては対処方法に大きな差異があるわけではない.
・ 患者の苦痛の訴えは様々で,1 人の患者の中で統合された訴えであり,患者の身体的苦痛の訴えの背景に精神的背景や社会的背景などが裏打ちされていることもあることから,その解析に際しては,苦痛の部位やその原因,症状の訴えに注意し,身体的苦痛,精神的苦痛,社会的苦痛,スピリチュアルな苦痛などに分解・整理して考え,対応することが必要である.
・ このような多岐にわたる苦痛は,医師だけで解決できるものではなく,多職種で協働して苦痛緩和に望まなければならない.

(4)身体的苦痛の中の痛みの位置づけについて

・ 侵害刺激が生体に加わった場合,一方では外側脊髄視床路を経由し,痛みの感覚(部位や範囲など)を認知し,かつ一方では同じ刺激で内側脊髄視床路を経由し,痛みの情動(不安,恐怖,記憶など)にかかわる.さらに自律神経や運動神経とも介在ニューロンを通して,反応を起こす.
・ すなわち,痛みを感じることは情動面も含めた全身に影響し,なおかつ患者にとって最大の苦痛の 1 つといわれていることなので,WHO の定義でも「痛みやその他のつらい症状を和らげる」というように痛みを前面に出しているように,初期から積極的に緩和すべき苦痛である.

(5)終末期緩和医療について

・ がんと診断された早期からの緩和医療は QOL を高め,病の経過にもよい影響を及ぼす可能性があり,重要な観点であるが,逆に終末期の緩和医療も軽視してはならない.
・ 終末期になってくると身体的苦痛症状も急に増加してくる.特によく見られる症状は,昼夜逆転,混乱,不穏やせん妄,傾眠,身の置き所のなさや全身倦怠感,口渇,極度の食欲不振や嚥下障害,悪心・嘔吐,便秘などの消化器症状,呼吸困難,死前喘鳴や時に痛みの増強などである.薬物療法だけでは対処できないことも多く,理学的療法やナーシングケアも重要である.

(6)がん患者の予後予測

・ 患者や家族および医療者にとっても,患者の状態や残された時間を予測することは重要なことである.
・ 患者・家族にとっては,残された時間をどのように過ごすかを考えたり,がん治療の適切な意思決定を行う際に重要な情報となる.
・ 医療者にとっては,がん治療の選択やがんにより生じる症状に対する治療選択および適切な緩和ケアを施行するにあたって必要不可欠な医療行為である.
・いろいろな予後予測ツールが開発されている.
① PaP スコア(palliative prognosis score)
臨床的な予後予測という医師の主観に加えて,症状や血液検査など客観的因子で補正したもので,中期的な予後(月単位)を予測する代表的な指標.
② PPI (palliative prognostic index)
短期的な予後(週単位)を予測する指標.医師の主観が入らないPalliative performancescale,経口摂取の低下,浮腫,安静時呼吸困難,せん妄のスコアの合計得点を算出する.