1.精神的アプローチ

・ 治療の進歩に従い,がんは必ずしも致死的な疾患ではなくなりつつあるが,一般的には死を意識させる疾患であるため,がん患者に対してはこころのケアが必要となってくる
・ がん患者とその配偶者,子どもたちの苦痛に対する精神的アプローチについて概説する.

(1)がんの経過と精神症状

・ がん患者は,がんの経過中に繰り返し「告知」を受け,不安や抑うつを生じやすい.また,精神医学的診断を満たさない状態であっても,がんサバイバーにおける再発不安,終末期における実存的苦痛,死の恐怖に対する心理的防衛機制としての否認などが特徴的である.さらに,婦人科がんでは,手術でがんを切除しても,その後の卵巣欠落症状,リンパ浮腫,排尿・排便障害,出血や瘻孔形成などによる女性性器症状などがあり,女性性や妊孕性,性生活,就労を含めた社会機能など,多くのデリケートな問題を抱える.
・ 患者の苦痛は身体的要因,精神的要因,心理社会的要因,実存的要因が複雑に絡まりあって生じており,まずは,1 人ひとりの苦痛を丁寧にアセスメントし,苦痛内容に応じたアプローチを検討することが必要になる(図39).
・ 特に,がん診断の告知など,患者が悪い知らせを受けた最初の反応は衝撃であり,患者は一時的に混乱を呈する.その後,怒り,悲しみなどが生じ,適応までの間に日常生活に支障を来す場合もある.しかし,同時期に身体的初期治療が開始されるため,この時期から患者・家族の心理的支援・介入を行っていくことは,治療をスムーズに進めるためには重要である.

(2)がん医療における患者と医師のコミュニケーション(表40)

・ がん医療における精神・心理学的評価とサポートについては表40 のように示されており,心理の専門家に求められるような高度なものも含め4 段階に想定されている.その中でも,第1 段階の評価,介入はすべての医療者に求められるものである.基本的なコミュニケーション技術では,言葉だけでなく,語気,語調,表情や姿勢,身振り手振りなどの非言語的なメッセージが大きな役割を果たす.コミュニケーションを成立させるための準備としては,以下のようなものが挙げられる.
①環境設定  :プライバシーを守れる部屋と十分に話し合える時間を設定する身だしなみ,座る位置への配慮
②医師側の態度:目や顔を見て話を聞き,相槌をうつ,頷く穏やかな語調,礼儀正しい態度 患者に質問し,患者を理解することに努める
・ 以上のような基本的な配慮の上で,適切な情報提供を行い,理解の確認,患者への共感を示していく.また,徐々に患者の「気持ちのつらさ」にアプローチし,評価をしていく(表41).

 

・ これらは,患者本人だけでなく,配偶者,子どもに対しても同様であり,まずは安心して相談できる関係を構築することが重要となる.

(3)女性がん患者の配偶者へのサポート

・ 女性がん患者の配偶者は,がんの疑いが生じた時から患者同様の心理的衝撃をうける.さらに,闘病を支える介護者の役割を担うことになり,心理的にも経済的にも苦悩を抱える場合が多い.
・ 配偶者が抱えやすい心理社会的問題としては,①患者の治療にまつわる不安,②介護による身体的負担,③治療費などの経済的負担,④介護,家事育児と仕事の間での葛藤,⑤性生活での不安,変化などが挙げられる.闘病中の患者の前で配偶者が口にすることが難しい場合もあるため,配偶者のみでの面談の機会を設けるなどの配慮が必要である.

(4)子育て世代のがん患者の子どもへのサポート

・ 晩婚化,出産年齢の高齢化に従い,がんによる闘病と子育て期間が重なる患者も増加している.
・ 子育て中のがん患者の多くは,子どもへの病気の伝え方や対応などについて不安や悩みを感じている場合があり,両親に子どもの発達段階(表42)に応じた病気の伝え方やサポート方法をレクチャーするなども役に立つ場合がある.


・ 子どもへのがんの伝え方については,アメリカのアンダーソンがんセンターのKNIT(kids need information too)プログラムで「3 つのC」を伝えることが提唱されている.
・ 3 つのC とは
① Cancer(がん)という病気である.
② Catchy(伝染)しない.
③ Caused(原因)はあなたや私のせいではない.
であり,幼児期以上の子どもであれば,分かりやすい言葉や例を使って丁寧に伝え,その反応をサポートしていくことが可能と考える.
・ 食事や睡眠,登園登校など日常生活への支障が大きければ,心理の専門家による介入を考慮する.特に思春期は親からの自立と依存の葛藤を抱え苦悩する時期であり,さらなる特別な課題として親のがんが追加されることになるため,注意が必要である.