(6)手術療法

・子宮内膜症の手術は病巣の焼灼,癒着剝離からチョコレート囊胞や深部病巣の摘出など多岐にわたり,患者の症状や年齢,悪性所見の有無などで適応や術式を決定していく.
・子宮,卵巣の解剖学的位置関係は病巣の癒着や繊維化により変化し,その程度により手術の難易度が大きく変わる.術者はいかなる状況にも対応できるよう剝離や結紮縫合などの手技を研鑽するとともに,消化器外科や泌尿器科とのスムーズな連携体制を構築しておく必要がある.
・いかなる手術も再発のリスクは避けられないことから,術後の長期フォローアップの必要性や積極的なホルモン製剤の予防投与についても,術前から患者に十分に説明し同意を得ておくことが大切である.

1 )腹腔鏡か開腹手術か

・腹腔鏡手術は,開腹手術と比較して腹壁創部が小さく低侵襲であるため,子宮内膜症においては表7 に示す長所がある.

2 )不妊症を伴う子宮内膜症事例での手術の際の留意点

・以下,具体的なポイント.

・腹膜病巣をレーザーなどを用いて丹念に焼灼.
 特に活動性の高い赤色病変は,サイトカインを分泌し腹腔内環境を悪化させている.
・腹水の除去 腹腔内の生理食塩水での十分な洗浄.
・癒着剝離は,鋏鉗子や電気メスを用いて適切なカウンタートラクションで.
・卵管,卵巣は愛護的に扱う.
・再癒着防止のために,積極的に癒着防止材を使用していく.

3 )卵巣チョコレート囊胞に対する手術療法(図13)

①囊胞摘出術か 囊胞壁焼灼術か

・卵巣チョコレート囊胞に対する手術療法は以下に大別される.
 ・囊胞壁を卵巣実質から剝離する囊胞摘出術
 ・囊胞内容を吸引後に囊胞壁を焼灼する方法(囊胞壁焼灼術)
・囊胞摘出術は囊胞壁焼灼術と比較して.
 メリット:術後の妊娠率,再発率の点で優れている.
      痛みなどの症状改善率が有意に高い.
      病理診断が可能.
 問題点 :卵胞を含む卵巣皮質を同時に切除してしまい,卵巣予備能への影響が避けられない.
      特に両側性のもの,子宮内膜症が進行しているもの,囊胞径が4㎝以上のものなどはリスクが高くなる.
・内容吸引,囊胞壁焼灼術の方が囊胞摘出術よりも卵巣予備能への影響が少ないという報告が多く,両側性や再発性の事例などでは選択肢の1 つとなる.

②囊胞摘出術で卵巣予備能を落とさないための工夫

ポイント1 囊胞は可能な限り薄く剝離する

 チョコレート囊胞では皮質が折り込まれて二層構造となり,その間に髄質が存在する.囊胞摘出の際には本来は囊胞壁と内側皮質の間で剝離するべきであるが,チョコレート囊胞の線維化が強い場合などでは容易に髄質と内側皮質の間で剝離が行われ,その結果として皮質の多くを多数の卵胞とともに摘出してしまう(図14).したがって,囊胞は可能な限り薄く剝離するのがコツとなる.

ポイント2 バイポーラの過剰使用や過剰な縫合を避ける

 囊胞摘出後の卵巣実質の止血において卵胞のダメージを減少させるため,バイポーラの過剰使用や過剰な縫合を避ける.

③囊胞摘出術の実際

 正しい層で剝離するように努め,出血を極力抑えることがポイントとなる.

a.囊胞内容の吸引

・吸引・洗浄管などで,内容を吸引する(図15).

b.癒着剝離

・卵巣の癒着剝離の際には,非癒着時の卵巣と靱帯の関係を再現するようにする.
・卵巣窩から卵巣を挙上させると,卵巣は卵巣堤索と卵巣固有靱帯により形成された直線を軸として回転する.癒着剝離の際には,その直線を再現するように剝離の方向と目標を定める.

c.囊胞剝離の開始

・卵巣実質と囊胞の境界部分は内容吸引後には視認しやすくなるので,その境界付近で卵巣壁を浅く切開して囊胞壁に達し,そこから剝離を開始する.
・卵巣の剝離により囊胞壁に穴があいた場合には,鋏鉗子で穴を広げると囊胞と実質の境が見つけやすくなる(図16).
・穴の付近は炎症により繊維化が強く,囊胞壁と実質の境界が判りにくいので,剝離開始部位には選ばない.

d.剝離の実際

・卵巣実質と囊胞壁を鉗子で反対方向に牽引して,できるだけ薄く囊胞壁を剝離していく.この際,剝離したい部分の近くを鉗子で把持し,カウンタートラクションをかけることがコツである.
※カウンタートラクション:ある力に対して,それと引き合うような反対方向の力をかけること.場の展開,場の固定,組織に張力を加えることを目的とする.
・囊胞壁と卵巣実質の間に幾条もの線維状の結合織(Surgical Arrow)が残ることがあるが,これを丁寧に実質側につけるようにして剝離を進めることが大切であり(図17),この操作により実質からの出血が減り,結果としてバイポーラの使用回数を減らすことができる.

・剝離操作は卵巣に対して愛護的であるよう配慮する.特に卵巣固有靱帯付近は出血しやすく,剝離が困難な時は焼灼に留める.
・卵巣実質からの出血に対しては,吸引・洗浄をしながら出血点をピンポイントにバイポーラで止血する.繊細な操作のためには剝離鉗子タイプのバイポーラの使用が望ましい.バイポーラを使用直後には,可及的速やかに生理食塩水で冷却する.

e.卵巣形成

・囊胞剝離後に実質が自然に合わさるようであれば,縫合は必要ない.
・縫合する際は卵巣血流の維持と癒着の防止を留意し,3 – 0 吸収糸などにて軽くZ 縫合か巾着縫合を加える.
・フィブリン糊を癒着防止と止血を兼ね,卵巣形成の際に使用してもよい.

④深部病巣に対する手術療法

・子宮内膜症が重症化すると病巣が腹膜表面から進展・発育し,骨盤内の深部組織に浸潤していく.その結果,多くの場合卵巣にはチョコレート囊胞を形成し,子宮,直腸と子宮背面で癒着し,ダグラス窩が閉塞する(図18).
・深部病巣は癒着の中心から仙骨子宮靱帯,尿管,直腸腟間隙にかけて拡がっていることが多く,機能温存を図りつつ徹底した病巣の除去をするためには,骨盤内解剖に基づいた系統的なアプローチが必要となってくる.
・直腸や尿管損傷のリスクも高いので,手術を行うにあたっては術前から消化器外科や泌尿器科と緊密に連携を取り,合併症が生じたら速やかに対応することが大切である.

a.術野の展開

・仙骨子宮靱帯と直腸の関係の把握のためには,子宮マニピュレーターと直腸プローブが有用である.
・子宮マニピュレーターのヒンジ(アームと先端部支持台の接合部と近傍)をダグラス窩に向かって突き出し,直腸プローブを上下左右に動かすと,子宮と直腸との癒着の有無や仙骨子宮靱帯の病変の有無を立体的に把握できる(図19).
・自在鈎を後腟円蓋に挿入すると,腹腔鏡でさらに視認しやすくなる(図20).


b.深部病変に対する系統的アプローチ―側方から正中へ―

・ダグラス窩は卵巣堤索,卵巣および卵巣固有靱帯と仙骨子宮靱帯の間の広間膜からなる側方部と,仙骨子宮靱帯のアーチと直腸前壁の間の中央部からなる.
・側方部は尿管や直腸といった重要臓器がないため,まずここから癒着剝離に着手し,順次尿管や仙骨子宮靱帯を可視化した後に,中央部の子宮と直腸の剝離を行い,同部の深部病変の摘出を行う.
・事例によって,以下のc からi までの操作を行う必要のある場合もあれば,いくつかの操作で対応できる場合もある.

c.卵巣(チョコレート囊胞)の内容吸引,癒着剝離

・系統的アプローチ法に則り,剝離は卵巣から手掛けていく.
・前述の方法で卵巣チョコレート囊胞を処理した後,腹壁外より針付き糸にて卵巣を吊り上げると以後の操作の際に視野の妨げとならない.

d.仙骨子宮靱帯のアーチ部まで子宮後面の癒着剝離

・鋭的に子宮と直腸の間の癒着に切開を加え,次いで鈍的に癒着剝離を行う.
・癒着部位の切開の際,直腸壁が薄いので電気メスなどのパワーソースは用いない.

e.尿管同定

・両側の尿管は仙骨子宮靱帯近傍に偏位して走行することが多い.このため,ダグラス窩深部病変の摘出には尿管を同定し,尾側に追って基靱帯へのトンネル入口部まで剝離しておく.
・多くの場合,広間膜は肥厚しているために尿管を透見できないので,尿管が総腸骨動脈を跨ぐ部位で尿管を同定し,そこから広間膜の切開創を尿管に沿って子宮まで延長する.
・左側尿管はみつけにくいこともあるが,S 状結腸の生理的癒着部を剝離したのち卵巣堤索のすぐ下を探すとみつかることが多い.

f.直腸側腔の開放,骨盤神経叢の同定

・深部病変の摘出を安全に行うためにはsurgical space を広く作成し,病巣を直腸や尿管から分離・独立させてから摘出する.そのため,まず尿管と仙骨子宮靱帯の間の間隙,すなわち岡林の直腸側腔を開放する.
・下腹神経を目印にして下下腹神経叢を同定,剝離しておくと,術後の排尿障害を防止できる(図21).

g.直腸側方間隙の開放

・直腸に直腸プローブを挿入し,それを前後左右に動かすことによって直腸壁の輪郭と仙骨子宮靱帯の関係を把握し,直腸と仙骨子宮靱帯との間の少し窪んだ部分に切開を加える(図22).
・直腸壁外側には脂肪組織が存在するため,それを目印にして仙骨子宮靱帯と直腸壁の間を鈍的に剝離すると,出血することなく直腸側方間隙(直腸腟間隙の側方部分)を広く展開できる.それを子宮近傍までに広げると,子宮頸部後面・直腸の間の病巣が独立して残存している状態となる.

h.子宮・直腸の癒着剝離,腟直腸間隙の開放

・残存した子宮頸部後面・直腸間の癒着を,直腸前面の脂肪層を指標に鋭的・鈍的に剝離する.この際,後腟円蓋に自在鉤を挿入,子宮頸部後面と直腸の癒着の境界にテンションをかけて可視化しながら行うと剝離層を同定しやすい(図23).
・直腸損傷を避けるため,パワーソースの使用は避けるべきである.この操作を終えると直腸腟間隙は広く展開され,直腸と子宮は完全に分離される(図24).

i.仙骨子宮靱帯,直腸前面の深部病巣の摘出

・鉗子で仙骨子宮靱帯を挟み,深部病変の範囲を触感で確認する(図25).
・深部病巣を浸潤された仙骨子宮靱帯とともに摘出する(図26).この際,下下腹神経叢を損傷しないよう留意する.
・直腸前面に残存する深部病巣は,鋏鉗子などで直腸損傷に注意しつつ摘出する.
・最後に骨盤内に生理食塩水を貯め,太いネラトンカテーテルまたはカテーテルチップを直腸内に挿入して空気を100 mL ほど注入してエアリークテストを行い,腸腟内にドレーンを留置して手術を終える.