(4)着床前遺伝学的検査

ポイント

  • PGT-Aは染色体の数的変化の有無から,胚移植における妊娠成功率を高める.遺伝カウンセリングが必要である.
  • PGT-SRは染色体の構造的変化の有無から,均衡型転座を有する夫婦の流産と不均衡型転座の児の出生を回避する.臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが必要である.
  • PGT-Mは疾患原因となる遺伝子変化の有無から,重篤な遺伝性疾患を有する家系の夫婦における疾患を有する児の出生を回避する.臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングと症例ごとの個別審査が必要である.

1)着床前遺伝学的検査とは

 体外受精によって得られた胚が有する染色体の数的・構造あるいは核酸配列の遺伝学的情報を確認する検査を着床前遺伝学的検査(PGT:preimplantation genetic testing)という.1990年代前半にHandysideらがX連鎖潜性遺伝(劣性遺伝)疾患や囊胞性線維症の発症リスクのある胚を検出する方法としてPCR法を応用した着床前診断(PGD:preimplantation genetic diagnosis)を報告した.また,同時期にMunnéらによりFISH法による胚の染色体異数性の診断法が報告され,その後染色体の異数性を確認して染色体異数性のない胚を選択する技術は着床前スクリーニング検査(PGS:preimplantation genetic screening)と称されるようになり急速に技術が発展してきた.そして,2017年の欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)において,PGDやPGSの名称は,それらを包含する形でPGTの用語に国際的に統一されることとなった.

2)3種類のPGT

 現在,PGTは検査の目的や検査対象に応じて,PGT-A(aneuploidy),PGT-SR(structural rearrangement),PGT-M(monogenic disorder)の3つに区分されている.表16にそれらの内容をまとめる.PGT-Aは体外受精により得られた胚の中で染色体数に異常のない胚を選択して移植を行い,妊娠成功率を向上させることが主な目的となる.また,夫婦のいずれかが均衡型相互転座やロバートソン型転座などを有している場合に不均衡型の胚の妊娠により流産が生じやすくなる.そうした夫婦に対して,不均衡型転座のない胚を選択して移植することで流産を回避することが可能でありその技術をPGT-SRと呼ぶ.一方で,重篤な遺伝性疾患の発症リスクのある家系の夫婦が,発症要因となる遺伝子変化のない胚を選択することで,当該疾患を罹患した児の出生を回避するための技術がPGT-Mである.

表16.3種類のPGT

3)PGT-A,PGT-SRの検査法の進歩

 以前,PGSと呼ばれていた当初は分割期胚からの割球細胞を生検して,個々の染色体に特異的に結合する蛍光色素付きプローブを用いて染色する蛍光in-situハイブリダイゼーション法(FISH法)による方法が行われてきた.近年,胚盤胞段階まで培養後に,胎盤となる栄養外胚葉細胞(TE細胞)を4~5個程度生検して,全ゲノム増幅を行った後にSNPアレイもしくは次世代型シークエンサーを用いて染色体全体を対象にコピー数を解析する方法が主流となっている(図47).

 生検後の胚盤胞は一旦凍結保存を行い,後日解析結果を確認して移植胚を選択することになる.PGT-SRについてはかつては生検した割球細胞の染色体について転座の部位に特異的な蛍光プローブを利用したFISH法により行われていた.現在ではPGT-Aと同じ検査アプローチにより均衡型,不均衡型の判別ができるようになった(図48).

 一方で,PGT-Mについては,対象疾患ごとに適切な検査方法を確立して設定(セットアップ)する必要がある.責任変異そのものの存在を確認する直接法とハプロタイプ解析により変異遺伝子を有するアリルを同定する間接法との組み合わせで判定結果の正確性を担保することが一般的である.

図47.PGTの解析方法

図48.PGT-A/-SRの解析結果

4)国内のPGTの臨床導入の経緯

 海外における着床前診断に関する報告が相次ぐ中で,1999年10月に日本産科婦人科学会が重篤な遺伝性疾患のみを対象とした着床前診断に関する見解を示した.その後,2010年6月には対象に均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産(反復流産を含む)が追加された.そして,実施に際しては1例ごとに施設からの申請を受けて審査を行い,承認を行うという方法で進められた.PGTにかかわる生命倫理的な議論の状況,医療現場における遺伝カウンセリング体制の状況に鑑みて当時は非常に慎重に導入が進められた経緯があった.また,現在のPGT-A(当時のPGS)については,検査法が現在とは異なることもあり科学的有用性が確立しておらず見解の上では長きにわたり認められてこなかった.その後,急速なゲノム解析技術の進歩により,胚盤胞のTE細胞生検を行い網羅的解析により全ゲノムコピー数を見るという現在のPGT-Aの解析方法の開発が進んだ.そうした中で,新たな技術の下でのPGT-AおよびPGT-SRの臨床上の影響や適切な実施体制についての検討を目的として日本産科婦人科学会が主導してPGT-Aパイロット研究(2017年1月~2018年6月)が行われ,さらに施設および症例数を拡大した,PGT-A/-SRの特別臨床研究(2020年1月~2022年12月)が実施された.PGT-Mについては,従来の見解の下では適応となる疾患重篤性の判断,死亡にいたらないまでも人工呼吸器を必要とするなど生命維持が極めて困難な状態ということが目安となっていた.しかし,そうした重篤性の基準が社会におけるPGT-Mを取り巻く生命倫理的な観点の認識の変化に合致していないのではないかという議論が生じてきた.それを踏まえて,2020年に3回のPGT-Mに関する倫理審議会が開かれて産婦人科医以外の医療者,社会人文系の分野の専門家,疾患当事者団体など幅広い立場からの意見の交換が行われた.

 そうした一連の経緯を経て,日本産科婦人科学会から2022年1月に3つのPGTについて新たな見解が示された.

5)PGTに関する新たな見解・細則

 新たなPGTに関する見解では,PGT-Mのための「重篤な遺伝性疾患を対象とした着床前遺伝学的検査に関する見解」とPGT-A/-SRのための「不妊症および不育症を対象とした着床前遺伝学的検査の見解」の2つに大きく区分された(図49).その中ではPGT-Aはもはや研究的な位置づけではなく一般臨床として実施される検査と位置付けられたこと,PGT-SRは見解のレベルではPGT-Aと同一の見解に規定され,症例個別の審査は行わないことになった.ただし,PGT-SRとPGT-Aは細則のレベルで別々に規定されており,大きな違いとしてPGT-Aにおける遺伝カウンセリングの実施者に特別な資格要件は求められていないのに対して,PGT-SRでは症例ごとの背景の違いを考慮した臨床遺伝専門医からの遺伝カウンセリングの実施が必要となっている.PGT-Mでは申請に際して臨床遺伝専門医による適切な遺伝カウンセリングの実施と1例ごとの個別審査が行われることは従来どおりであるが,審査体制として審査小委員会において委員の中での判断が不一致となった場合には,さらに臨床倫理個別審査会での最終判断を行うという2段階となった.これは,その審査過程において産婦人科以外の専門分野の医療者および疾患にかかわる諸団体からの意見を取り入れて,疾患の重篤性について従来の判断基準よりも広い疾患に対しても柔軟な判断を行うことを目指したものである.

図49.日本産科婦人科学会における着床前遺伝学的検査の見解・細則の構成

6)未解決の課題と今後の展望

 検査による恩恵が乏しい対象に対しても商業主義的な流れからPGT-Aが無秩序に実施される状態は適切ではない.現在の見解の下では,PGT-A/-SR特別臨床研究で設定した対象との一致性を考慮して,PGT-Aの対象を,反復する体外受精胚移植の不成功の既往を有する不妊症の夫婦と反復する流死産の既往を有する不育症の夫婦としている.しかし,医学的なエビデンスの観点ではPGT-Aの恩恵を得られる対象がいまだ確立していないため,対象集団については今後さらなる検討とそれに合わせた見解・細則の見直しが必要と考えられる.また,新たな検査解析技術として胚の培養液中や胚胞液中の free DNA, free RNAを解析することで胚の染色体の状態を確認する細胞生検を必要としない非侵襲的PGT-A(niPGT-A)の開発が進められている.そうした新たな検査技術の変化を見据えながら定期的な見解の見直しが重要となる.