(2)非遺伝性婦人科がん(松村謙臣・中井英勝)

1 )はじめに

 がん患者さんが外来に来られると,ほとんどの患者さんが一度は「私はどんなことに気を付けて生活すればよいのでしょう?」,「がんが再発しにくくなるために少しでもできることはないでしょうか?」という質問をしてこられる.ほとんどの先生方は食べたいものを食べて好きなことをして暮らすように指導しているのではないだろうか.
 実際にがん患者と食事指導,生活指導といった内容で医中誌などを検索すると,化学療法中や緩和医療としての食事療法についての文献が少数見つかるのみである.しかし健全なライフスタイルががん生存に与える影響については,海外で大規模なメタアナライシスや無作為比較試験が行われており,がんサバイバーのがん再発やがん関連死を低下させることが科学的に証明されているという事実をご存じだろうか.これらのエビデンスは米国対がん協会(American Cancer Society)のガイドラインに示されており,がんサバイバーに対して健全なライフスタイルががん再発やがん関連死を低下させることを情報提供し,それを遵守させることはがん診療を行う医師の責務であると述べている.そこで,①がんサバイバーに対して指導を行うべき健全なライフスタイルとは何か,②それらがもたらすがん予後への影響についてのエビデンスを中心に解説する.なお喫煙や多量の飲酒ががん予後に影響することは周知の事実であり,ここでは食事や運動を中心とした健全なライフスタイルについて述べる.

2 )がんサバイバーに対して指導を行うべき健全なライフスタイルとは何か

 がんサバイバーがとるべき健全なライフスタイルとして,①生涯を通じて健康体重を達成して維持する,②適切な運動を行う,③植物性の食事に重点を置いた健康な食事を行う,④飲酒する場合は量を制限することが推奨される(表17).これら健全なライフスタイルが具体的にどのようなものかについては2012 年に刊行された米国対がん協会からのがんサバイバーに対する食事と運動についてのガイドラインに詳細に記載されており,国立がん研究センターの「がん情報サービス」にも和訳されている.がん治療中や治療後に推奨されている食事療法や運動療法の具体例については図31を参照いただきたい.

3 )健全なライフスタイルがもたらすがん予後への影響についてのエビデンス

 健全なライフスタイルがいかにがんサバイバーの予後へ影響するのかについては多くのエビデンスに基づいており,米国対がん協会の2015 年版のガイドラインに記載されている.米国対がん協会のガイドラインは2012 年版には健全なライフスタイルについての解説が詳細に書かれていたが,2015 年版はそのエビデンスと我々医師が行う患者指導についての解説が中心に記載されており少し内容が異なる.
 健全なライフスタイルとがん予後について検討したsystematic review,metaanalysisとして,乳癌,大腸がんと前立腺がんを中心に数千人から数万人規模のsystematic review やmeta-analysis の報告が多数ある.食事,運動や健康体重の維持について指導介入することで全死亡だけでなく再発やがん関連死亡のリスクを大きく低下させることがほぼ一貫して報告されている.婦人科領域では卵巣がんではがんサバイバーの過体重,運動や食事内容ががんの再発や疾患関連死に影響を与える可能性が示唆されており,子宮体がんでは肥満ががんサバイバーの全生存には影響するが,がんの再発には影響しないと報告している.しかし婦人科がんでは大規模なsystematic review やmeta-analysis は報告されておらず,後に述べる無作為比較試験の結果が待たれる.


4 )健全なライフスタイルとがん予後について検討した無作為比較試験

 食事と運動についての無作為比較試験は既に結果が出ているものが3 つ,現在進行中のものが5 つある.まずはもっとも有名な乳がんを対象にした2 つの試験について述べる.1 つはWomen’s Intervention Nutrition Study (WINS)で,閉経後の早期乳がん患者2 , 437 人を対象に低脂肪食摂取を指導することで無増悪生存期間を検討する試験である.もう1 つはThe Women’s Healthy Eating and Living (WHEL) Randomized Trial で,早期乳がん患者3 , 088 人を対象に野菜,果物や食物繊維と低脂肪食摂取を指導することで無病生存と全生存期間を検討する試験である.前者では介入群でがん予後が有意に良好であったが後者では予後に差を認めず,ほぼ同時期,同規模で行われた乳がんサバイバーに対する食事指導のがん予後に与える影響を見た試験であるにもかかわらず,全く反対の結果となったのは非常に興味深い.この2 つの試験の大きな違いとしてWINS 試験では介入群でのみベースラインと比較して有意な体重減少がみられたのに対してWHEL 試験では両群ともにベースラインと比較した有意な体重減少を認めなかった点である.この結果からがんサバイバーの予後改善のためには食事内容の工夫を指導するだけでは不十分で,運動や健康体重の維持などの指導もあわせて行うべきと考えさせられる.現在進行中の5 つの試験では食事だけでなく,運動や健康体重の維持も含めた介入を行っているものがほとんどであり,これらの結果報告が待たれる.特に婦人科腫瘍医にとってはNRG oncology( GOG-225)から卵巣がんにおける食事と運動指導の介入が予後に影響するかの無作為比較試験が行われていることは注目すべきである(表18).

5 )おわりに

 婦人科腫瘍領域においては,現在分子標的治療を中心とした無作為比較試験が多数行われ,そのエビデンスは周知となっている.しかし食事と運動を中心とした生活指導はがん予後改善の多数のエビデンスがありその効果は大きいにもかかわらずあまり知られていない.がんサバイバーにとって自らの生活習慣が,がん予後を大きく左右するという事実は,診療にあたる医師が,十分な知識と情熱をもって患者に情報提供を行うべきである.