(2)精子提供

ポイント

  • これまでに提供精子を用いた治療によって出生した児は多くいるが,それに関する国内での提供者の匿名性や子の出自を知る権利などの法整備が未完である.
  • 提供精子を用いた挙児希望患者が一定数いるものの,現実的に本邦において安全に治療を行える施設が少ない現状にある.
  • 法整備の下,信頼性・安全性の高い提供精子を用いた治療施設の設立が望まれる.
  • 2020年に,妻が夫の同意を得て,夫以外の男性からの提供精子を用いた治療により出生した子については,嫡出子となることを規定した生殖補助医療法が成立した.

 先天性(染色体異常,遺伝子異常,原因不明など)あるいは後天性(抗がん薬治療,放射線治療,ムンプス精巣炎など)に造精機能が障害される非閉塞性無精子症では,顕微鏡下精巣内精子採取術(Micro-TESE:microdissection testicular sperm extraction)が唯一の挙児手段として行われる.しかし,手術を行っても精子を回収できない場合や,精子尾部微細構造異常による精子無力症などの精子機能障害により,たとえ射出精子を用いた顕微授精でも生児を得ることができないこともあり,その場合は,男性因子による絶対的不妊となる.

 実際に,非閉塞性無精子症患者に対してMicro-TESEを試みても,精子を得て生児獲得に至るのは約5~15%である1).すなわち,大半は生児獲得に至らないため次善の方法の選択を迫られる.これらの夫婦が,提供精子を用いた人工授精(DI:donorinsemination もしくは AID:artificial insemination with donor semen)を希望される.DIは,本邦では1948年に慶應義塾大学病院にて初めて行われ,日本産科婦人科学会倫理委員会登録調査小委員会(2009~2017年)の報告では年間3,000~4,000周期程度施行され,毎年100人前後,現在までに1万人以上の子が誕生している2).しかしながら,2018年以降,提供精子を用いた人工授精における精子提供者の減少が問題となっている.この原因は,DIにより出生した子の出自を知る権利が大きく取り上げられ,ドナーとなることを希望する男性の減少やDIに関する否定的な価値観,提供者の匿名性や子の出自を知る権利に関する法的な整備がなされていないなどの複合原因が想定されている.「精子提供に関する重要な生命倫理関連の見解・法令等」を下記に示す.これらの複合的な原因によって本邦では治療そのものを受けることが困難となっており,インターネットを利用した個人間の精子提供も行われており,安全面(感染症リスクなど)や家族関係の混乱が懸念されている.

 このような状況で,精子提供の現状を把握するためにNakataらが行った「日本におけるonline sperm donationの実態調査」では,精子提供のサイトは140以上存在したが,135(96.4%)が安全ではないと考えられた.残りの安全なサイトも海外渡航を促されるため高額な費用を支払わなければならないことが分かっている3).DIを受ける患者が,リスクの高いOnline sperm donationに頼らなくても済むように,今後の法整備とともに,信頼性・安全性が高い国内の精子バンクの設立が期待される.

精子提供に関する重要な生命倫理関連の見解・法令等

①「児童の権利に関する条約」の第7条(1989年11月公表 第44回国連総会)

  • 児童は,できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する.
    → 子の出自を知る権利の基となっている.提供精子ドナーの非匿名化は,イギリス,オーストラリア,スウェーデンなどを筆頭に大部分諸外国で尊重する傾向にある.

②提供精子を用いた人工授精に関する見解4)(2015年6月改訂公表 日本産科婦人科学会)

  • DI以外の医療行為によっては妊娠の可能性がない,あるいはこれ以外の方法で妊娠を図った場合に母体や児に重大な危険が及ぶと判断される場合.
  • 法的に婚姻している夫妻.
  • 同一提供者からの出生児は10名以内.

③生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(2020年12月成立・公布)

  • 妻が,夫の同意を得て,夫以外の男性の精子を用いた治療により懐胎した子については,嫡出子(夫婦の間に生まれた子)となる.
  • 提供者の匿名性や出自を知る権利に関する規定はなく,2年を目処に、精子・卵子の提供者や子の情報の保存,管理,提供の制度について検討するとされた.

④精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する提案書5)(2021年6月公表 日本産科婦人科学会)

  • 女性に体外受精を受ける医学上の理由があり,かつ精子の提供を受けなければ妊娠できない夫婦に限って,提供された精子による体外受精を受けることができる.
  • 精子を提供できる人は,精液所見が正常の満40歳未満の成人とする.

文献

  • 1)Achermann APP, Pereira TA, Esteves SC. Microdissection testicular sperm extraction(micro-TESE)in men with infertility due to nonobstructive azoospermia: summary of current literature. Int Urol Nephrol. 53(11): 2193-2210, 2021
  • 2)浜谷敏生,他:提供精子を用いた人工授精(AID).日本産科婦人科学会.臨床婦人科産科.72:163-166,2018
  • 3)Nakata K, Okada H, Iwahata T. Status of online sperm donation and sperm bank in Japan. Reprod Med Biol. 14; 20(4): 554-556, 2021
  • 4)日本産科婦人科学会 会告:提供精子を用いた人工授精に関する見解.日本産科婦人科学会雑誌.73:927- 929, 2021
  • 5)日本産科婦人科学会 提供配偶子を用いる生殖医療に関する検討委員会:精子・卵子・胚の提供等による生殖 補助医療制度の整備に関する提案書