(1)卵子提供

ポイント

  • 本邦ではJISART(日本生殖補助医療標準化機関)倫理委員会に承認された場合のみ卵子提供が行われている.
  • 海外で卵子提供を受けて帰国した場合,出産を受け入れる病院は,海外の治療施設に対する胎児発育や,エストロゲン,プロゲステロンなどの測定値の報告,凍結胚移植後のHRTなどの対応が求められる.
  • 2020年に,卵子提供による出産の場合はその出産をした女性をその子の母とすることを規定した生殖補助医療法が成立したが,精子・卵子・胚の提供者の情報管理・開示,子の出自を知る権利などについては法制化されていない.

1)外国で卵子提供を受けた女性の対応について

①日本での卵子提供について

 本邦では,卵子提供に関して,2003年の厚生労働省厚生科学審議会生殖補助医療部会による「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」(https://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/04/s0428-5a.html#3-3-2)が唯一の公的な見解である.同報告では,精子・卵子・胚の提供について,子の福祉の優先,安全性への十分な配慮,商業主義の排除,優生思想の排除などの基本的考え方が示されている.提供者の情報に関しては,提供者の選別や家族関係への悪影響といった弊害防止の観点から,「精子・卵子・胚を提供する場合には匿名とする」との原則を示す一方で,子の福祉の優先の観点から,生まれてきた子に対しては出自を知る権利を認め,提供者を特定できる内容を含め開示請求することができるとの見解が示されている.しかし,同報告から20年が経過してもなお,出自を知る権利について法制化されるに至っていない.

 このため2008年,JISART(日本生殖補助医療標準化機関)倫理委員会は,様々な条件(臨床心理士によるカウンセリングを3回以上実施,子への卵子提供により出生したことの告知,子の出自を知る権利の承認,対価授受の禁止)のもと,倫理委員会で個別ヒアリングを行い承認されたものに対しては,卵子提供を認めることとした1).その結果,日本では今日まで匿名の卵子提供は行われていない.

 2011年には非配偶者間体外受精のフォローアップ部会が設立され,非配偶者間体外受精で生まれた子,被提供者およびその家族,提供者およびその家族の支援とフォローアップを行う体制が整備された.2013年からは非配偶者間体外受精により子どもを持った被提供者家族が集まり,同じ経験と思いを共有することができる場である当事者交流会が開催されている.

②海外での卵子提供について

 海外で卵子提供を受けた場合,出産を受け入れてくれる病院(バックアップドクター)を探すことが難しいことがある.受け入れ病院は,海外の治療施設に対して胎児発育や,エストロゲン,プロゲステロンなどの測定値を報告し,凍結胚移植後のHRT(hormone replacement therapy)を行わなければならない(図52).また,国外で卵子提供を受ける女性の大半が40歳台であり,50歳近い女性もいる.ほとんどが高年初産婦であるため,出産に伴う母児の管理が重要となる.胎児と母親が遺伝学的に異なるという問題もあり総合病院での管理が勧められる.

図52.日本国内と海外(台湾)での治療の流れ

2)卵子提供によって生まれてくる子の出自を知る権利について

 日本では,前述のとおり,出自を知る権利について未だ法制化がなされていないため,出自を知るために使用できる公的なデータベースはない.

 ASPIRE(Asia Pacific Initiative on Reproduction)の調査によると,卵子提供者に関してはオーストラリアとニュージーランドのみが顕名(国による全面開示)であり,ほかのアジア系の国々(韓国,中国,香港,台湾,バングラデシュ,タイ,シンガポール,パキスタン,インド,インドネシア,ベトナム,フィリピン)はすべて匿名であった(表17).台湾では2007年に施行された「人工生殖法」2)において,卵子提供に関する内容をすべて国がデータベースとして管理することと,配偶子提供者の匿名性を定めている.また,イスラム教圏国はすべて卵子提供,精子提供は法的に認められていなかった.

 なお,そのほかの地域の状況を概観すると,スウェーデン(1984年制定法),オーストリア(1992年制定法),スイス(1998年制定法),フィンランド(2006年制定法),イギリス(2004年制定法)などのヨーロッパ諸国においては,早くから出自を知る権利が認められている.米国では一部(個人を特定できない範囲の情報)認められている.

表17.国外における第3者配偶子を用いたART治療の報告

3)今後の国内の動向

 2020年12月にようやく,「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(生殖補助医療法)」が成立し,①卵子提供により妊娠し子を出産したときは,出産をした女性をその子の母とすること,②夫の同意を得て,精子提供により妊娠し出産した子について,夫は嫡出であること(夫婦の間に生まれた子であること)を否認することができないことが規定された.しかし同法には提供者の匿名性や出自を知る権利に関する規定はなく,2年をめどに,精子・卵子の提供者や子の情報の保存,管理,提供の制度について検討するとされるにとどまった.

 2021年,日本産科婦人科学会は「卵子提供による生殖補助医療(ART)の整備に関する提案書」3)を政府に提出した.提供者は原則匿名で,出自を知る権利については,今後民意に耳を傾けながら調整することになっている.

 一方,JISARTの倫理委員会では,まずなるべく早い時期(2~4歳頃まで)に告知を行うことを義務づけている.そして15歳になった時に,卵子提供で生まれた子が出自を知ることを希望した場合は,提供者の個人情報の全面開示を行うことが条件付けられている.個人を特定できない範囲の情報ではなく,全面開示をするという点は,2008年のJISARTの倫理委員会設立以降,変わっていない.

 2023年1月までに日本で卵子提供を受けて出産した約70組の夫婦のうち,出自を知る権利を尊重し,子に提供者の情報を告知した夫婦の割合は不明である.卵子提供を受けた夫婦の情報管理に関する法整備の必要性については,現在国会で審議されている.将来の近親結婚を避ける点からも,公的機関による管理が望ましい.日本産科婦人科学会のART症例登録システムを利用し,卵子提供の統計や管理を日本産科婦人科学会が分担するというように,国と日本産科婦人科学会の連携が重要という意見がある4)

文献

  • 1)日本生殖補助医療標準化機関(JISART).精子・卵子の提供による非配偶者間体外受精に関するJISART ガ イドライン(2021 年9 月4 日改定).(https://jisart.jp/about/external/guidline/)(閲覧日:2023 年3 月1 日)
  • 2)全國法規資料庫,人工生殖法.(https://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?PCode=L0070024)(閲覧日: 2023 年3 月1 日)
  • 3)精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する提案書(https://www.jsog.or.jp/news/ pdf/20210608_shuuchiirai.pdf)(閲覧日:2023 年8 月25 日)
  • 4)田中温,田中あず見.日本における卵子提供の在り方についての提言.日本受精着床学会雑誌.37(2):280- 290,2020