(2)子宮移植 概要 VS 倫理的問題点

A:子宮移植の概要と課題(木須伊織)

○生殖補助医療技術の発展により多くの不妊夫婦に福音をもたらしてきた.しかしながら,子宮性不妊女性が,自らのお腹で児を育て,出産することは不可能である.これらの女性が児を得るには代理懐胎や養子制度などの選択肢が残されるが,代理懐胎に関しては多くの倫理的・社会的・法律的問題点を抱えていることにより,わが国では認められていないのが現状であり,諸外国においても同様な状況である国が多い.最近これらの患者が自らの児を得るために,「子宮移植」という新たな生殖補助医療技術が考えられるようになってきた.

子宮性不妊症<\h3>
○子宮性不妊症は子宮自体の何らかの異常による不妊や子宮が存在しない,もしくは存在しても子宮が機能しないことによる不妊が挙げられ,先天性と後天性に大別される(表1).わが国において生殖年齢(20~40 歳)における子宮性不妊患者は約6~7 万人存在すると推計される.

子宮移植の概要

○子宮移植の流れは,まず夫婦の受精卵を事前に凍結保存しておき,レシピエントにドナーの子宮を移植する(卵巣の移植は行わない).次に移植された子宮がレシピエントに生着したのを確認し,夫婦の受精卵を子宮に戻す(胚移植).その後,妊娠した場合は厳重な妊娠管理のもと,児を帝王切開で出産する.出産後は移植された子宮を摘出することも考慮される.出産後に子宮を摘出した場合は,レシピエントは免疫抑制剤の服用を中止することができ,一時的な移植ともなり得る.

子宮移植における対象者(レシピエント/ ドナー)

○子宮移植のレシピエントの候補者は,前述の先天性もしくは後天性の子宮性不妊女性である.後天性の子宮悪性腫瘍の治療後の患者に関しては,免疫抑制剤による癌の再発の懸念より,レシピエントとして考慮すべきかは現在のところ議論の余地がある.子宮移植のドナーの候補者は,生体ドナーでは母親や姉妹などの親族間や第三者が考えられ,死体ドナーとしては脳死・心停止ドナーが挙げられる.
○生体ドナーに関しては,現行の移植医療同様に,手術に伴う身体的負担のみならず,精神的および心理社会的負担に配慮しなければならない.また,性同一性障害の患者への性別適合手術(性転換手術)の際に摘出される子宮の提供も考慮され得るかもしれないが,これはドナーの利益を含めた臓器提供にもつながるおそれもあり,これまでの献身的な提供と異なる新たな移植文化を生む可能性があることに留意しなければならない.

海外の臨床応用の現状

○2016 年までに海外では計18 例のヒトでの子宮移植が行われている(表2).スウェーデンのグループは計9 例の生体間の子宮移植を施行し,2014 年9 月に世界で初めて子宮移植後の出産に成功した.同グループはその後,計5 例の出産の成果を上げている.いずれも早産ではあったものの,これまで母児ともに経過は良好であるという.

子宮移植の課題

○子宮移植の目的は他の臓器移植と異なり,臓器の生着および機能回復だけではなく,その先にある健児を得ることである.しかしながら,子宮移植のヒトへの臨床応用には,解決すべき多くの課題が挙げられ,医学的,倫理的,社会的問題に対して最大限考慮する必要がある(表3).

子宮移植のメリット,デメリット

○子宮移植の最大のメリットは,子宮の提供を受けることで,自らの体で妊娠し,自らが胎児を育み,自らが出産することであり,遺伝的な親が産みの親となる点である.また,わが国では,「分娩者=法的な母親」であるため,子宮移植は分娩者が母親であることより,生まれた子の法的地位は確保されることになる.これらの点は代理懐胎や養子制度と大きく異なる.しかしながら,子宮移植は子宮性不妊女性が児を得るためのあくまでも1 つの選択肢としての位置づけであり,代理懐胎や養子制度と比較して優劣をつけるものではないと考える.
○一方で子宮移植の最大のデメリットは,生体ドナーの負担やリスクである.本来,臓器移植は死体ドナーからの提供が原則であるが,残念ながらわが国においては死体ドナーからの臓器提供は海外と比較して群を抜いて低迷している.そのため,現実的には生体ドナーからの臓器提供となることが予想され,健常者に侵襲の高い手術を背負わせることとなる.また,子宮移植で生まれてくる子供やレシピエントの安全性をいかに保障できるかは現時点では不透明である.

おわりに

○子宮移植は,子宮性不妊症に対する治療の1つの選択肢として考えられるようになり,世界では臨床応用が実現している.現在は臨床研究としてのいわば実験段階の位置づけであり,その安全性や有効性は不透明ではある.しかしながら,この新たな技術は子宮性不妊女性に大きな福音をもたらすことが多いに期待され,今後新たな生殖医療および臓器移植医療として臨床展開されていく可能性を秘めている技術と考えられる.

B:子宮移植と倫理的問題(苛原 稔)

子宮移植技術の現状

○子宮移植の成功を初めて報告したのは,スウェーデンのイエテボリ大学産婦人科のブランストレーム教授のチームである.彼らは約10 年の研究期間を経てこの画期的な技術を確立し,2012 年秋に成功を報告した.その後,凍結融解胚が,移植された子宮に胚移植され,2014 年秋には初めての分娩例が報道され,子宮移植が不妊治療のひとつの技術である可能性が示された.その後,子宮移植はスウェーデン以外の例えば中東・トルコなどの一部の国において行われており,症例数は増え分娩例も増加している.しかし,医療的あるいは倫理的な問題に検討の余地があり,今後この技術がどのように発展するかは,まだ定まっているとは言えない.
○日本においては,数年前から慶應義塾大学,東京大学,京都大学などを中心としたボランティアベースでのプロジェクトチームが結成され,サルなどを用いた基礎実験を積み重ねており,移植技術は一定の水準に達し,これからどのように臨床応用に向けて準備する段階に至っていると報告されている.
○過日,このプロジェクトチームから日本産科婦人科学会倫理委員会に対して,子宮移植の臨床応用に向けたこれからの進め方についての検討依頼があったので,倫理委員会内に子宮移植検討小員会を設けて検討を行った.そこで,倫理委員会の子宮移植に対する考え方を報告する.

子宮移植に治療的意義があるか?

○日本での臨床応用にまだまだ超えるべき壁があると思われるこの技術を導入するためには,まずこの技術に治療的意義があるかを考える必要がある.本技術の対象は子宮がない女性である.すなわち,ロキタンスキー症候群のように先天的に子宮や腟を欠如する場合や,子宮疾患のために子宮を摘出した場合,それから性同一性障害患者で子宮を求めている場合などが考えられる.これらすべてに治療的意義があるのか,あるいは特定のものだけか,あるいは全く意義がないのか,重要で基本的な検討課題である.
○倫理委員会子宮移植検討小委員会では,代理懐胎の実施が難しい本邦においては,ロキタンスキー症候群患者に対しては,本技術を適応する可能性は排除できないとの検討結果であり,上部の倫理委員会でもこの方向で,今後,後述する学術団体横断的な検討を行う必要があるとの結論である.
○一方,本邦では第三者が関与する生殖補助医療の法制化が進んでおり,それが進むと代理懐胎も臨床研究としてできる可能性がある.そのような場合にはこの技術がどの程度必要かは検討しておく必要がある.

これからどのように進めるべきか?

○基本的にこの技術を施行する上では,表4 のような多方面の検討を要しており,学会横断的に専門家が集まって検討すべきである.
○実際の臨床応用をする場合には,各医療施設で倫理委員会の審査が行われるわけであるが,その審査には前述した各学会の専門家の参加が必要である.また,何をどのように審議すべきか事前に明らかにしておく必要がある.そこで,日本産科婦人科学会倫理委員会では,本技術の臨床応用にあたって,各施設で倫理審議するための手順や審議すべき内容を指針という形で明確にしておく必要があると考えている.そのために,他の専門家集団の参画を仰いで,指針作成が当面の課題となるであろう.各実施希望施設は,この指針に従って各施設の倫理委員会で審査を受け,臨床応用を開始することが適切と考えている.

どのような問題を検討すべきか?

○現時点で,考えておかねばならない項目の一部を以下に示す.
○対象:どのような症例が対象になるかということであるが,現在のところロキタンスキー症候群が最も適当と考えられる.子宮と腟がないので,子宮移植で妊娠する以外に妊娠することは不可能であり,多くの場合一般の健康状態は良好で,十分に移植手術やそれ続く長期間の治療に耐えられると考えらえるからである.悪性子宮疾患治療後の場合では免疫抑制剤の使用が問題となる.性同一性障害患者についてはさらに生殖医療の実施そのものの議論が必要である.
○提供者:子宮提供者をどのように集めるかは大きな問題である.なぜなら,この技術を行う上では,健康な提供者に超広範性子宮全摘術に匹敵する侵襲のある手術を施す必要があるからである.場合によっては,輸血を含めた大きな問題が発生する可能性がある.それでも提供するとなれば,家族,特に患者の母親などが提供者として手を挙げる可能性があるが,少なくとも年齢制限と健康でなければならないので年齢制限も検討が必要であろう.脳死移植も考えられるが,日本ではハードルが高い.
○医療上の問題:移植技術は極めて高度である.少なくとも超広範性子宮全摘術を行える技量を持つ医療チームが複数セット必要であり,どこの施設でも行えるとは思えない.また,生殖補助医療が行えること,産科的に管理が可能であること,小児科医の協力が得られること,他の臓器の移植の経験があること,などが考えられる.
○費用:ブランストレーム教授が行った治療では1 件2 , 000 万円を必要としたということである.本邦でどうなるのかは不明だが,生命にかかわりない治療で多額な医療費を負担することが可能かの検討も必要である.