(2)妊娠と薬

ポイント

  • 薬剤の胎児への影響は妊娠時期によって3つに分けて考える.
  • 挙児希望の場合や妊娠中の薬剤使用の是非はリスク・ベネフィットの視点で判断する.
  • 流産の自然発生率はおよそ15%,先天異常の自然発生率はおよそ2~3%と説明する.
  • 葉酸は妊娠前から補充する必要があることを説明する.

1)妊娠時期による胎児へのリスク

①受精からおよそ2週間

 「AllorNone(全か無か)」の時期と呼ばれる1).この期間に受精卵が薬剤や放射線から障害を受けた場合,大きな損傷を受けた場合には胚死亡(広義の流産)となるが,わずかな損傷の場合には修復されて正常の発生を継続すると考えられている.

②妊娠4~11週

 重要臓器が形成される時期である.ただし,催奇形性の明らかな薬剤であっても,サリドマイドを除くと奇形発生率は高くて約25%であり,薬剤に曝露されても100%の出現率ではない点にも注目すべきである2)

③妊娠中期以降

 構造的先天異常の心配がなくなるが,薬剤の胎盤移行により生ずる胎児毒性という観点からの配慮が必要である.この時期は母体血から低分子化合物はもちろんのこと,高分子のものも含めて絨毛間腔に直接流入できるようになる.最近増えてきた生物学的製剤のうちIgG製剤はFc受容体を介して胎児に移行する.胎児毒性をもつ薬剤として非ステロイド性抗炎症薬とアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)が有名である.

2)安全性をどう評価するか?

 薬剤が上市される時点で妊婦や授乳婦を対象とし安全性を評価するのは不可能であり,動物実験結果のみを参考に添付文書の妊婦・授乳婦の項は作成される.動物実験では臨床量をはるかに超える用量を負荷していることもあり,リスクがあるとの結果が出やすい.また,種差もあり,ヒトで使った場合に安全かどうかはヒトでの使用経験から判断すべきである.妊娠初期にある薬剤を使用した集団での先天異常の発生率が,対照群や自然発生率(ベースラインリスク)に比べて上昇しない場合,「リスクはなさそうだ」という表現をしている.

3)安全性情報をどこに求めるか?

①医薬品の添付文書

 製薬企業が作成する,いわば取り扱い説明書である.日本や欧米の規制当局は疫学研究が発表されたならそれを添付文書に反映すべきと指導している.しかし日本の場合,リスクが示された場合には迅速に動くが,リスクを否定する結果が反映されることはほとんどない.したがって,日本の添付文書の妊婦の項で「原則として投与しない」「禁忌」となっている薬剤の割合は米国や豪州のそれらに比べて多い.

②「産婦人科診療ガイドライン産科編20233)

 日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が編集・監修したもので,臨床現場の拠り所として有用である.

③海外における安全性分類

 米国の食品医薬品局(FDA)カテゴリ(A,B,C,D,X)は,その不合理性のために2015年に廃止された.FDAカテゴリの廃止に伴いオーストラリア分類が引用される場合もあると思うが,そこで用いられるA,B,C,D,XはFDAのそれとは違う定義であることに留意されたい.

④妊娠と薬情報センターと拠点病院4)

国立成育医療研究センターを含め,全国47都道府県の拠点病院と連携して相談外来を設置し,妊娠中の薬剤使用の安全性について不安をもつ女性へのカウンセリングを行っている(https://www.ncchd.go.jp/kusuri/).

4)不妊治療を始める際に必要な薬剤の見直し5)

①疾患のコントロールに必須な薬剤の場合

 母体環境は胎児の成長・発達に重要であり,母体にとって必要な薬剤を使用しないことによるリスクがあることも認識する必要がある.薬剤を使用したまま妊娠した場合は,流産の自然発生率がおよそ15%,先天異常の自然発生率はおよそ2~3%と説明する.

  • 有益性投与で安全性のエビデンスがある,ないしは使用経験の多い薬剤を優先する.
  • 禁忌ではあるが,人において安全性のエビデンスがある,ないしは使用経験の多い薬剤についてはインフォームドコンセントを十分に得た上であれば使用継続可能である.
  • 禁忌で,疫学研究でもリスクが示されている薬剤については不妊治療を始める前にリスクが否定的な代替薬に変更する.

*例外1:ワルファリンは催奇形性があって妊婦禁忌であるが,妊娠前からヘパリン注射に変更するのは合理的ではない.妊娠が成立したら速やかにヘパリンに変更する.
*例外2:ACE阻害薬/ARBは腎保護目的で使用している場合は,妊娠が成立するまで使用することもある.
*例外3:疾患を妊娠可能な状態にするために禁忌薬を使わざるを得ない症例で,年齢的に妊孕性の低下に不安がある場合に,禁忌薬を使いながら採卵・体外受精を行って,禁忌薬を中止できるようになったら凍結受精卵を移植する,という方法も選択肢になると思われるが,まだ一般的な考えとなっていない.

②疾患のコントロールに必須でない薬剤

 先天異常をもつ児が誕生した場合,因果関係がなくても薬剤が原因とされがちで,患者と医師双方にとって後味の悪いものとなるので,有益性投与とされる薬剤であっ ても必要かどうか熟慮して使用する.

5)葉酸の補充について3)

  1. 神経管閉鎖障害のリスクを低減するために妊娠前からサプリメントで0.4㎎/日の葉酸を補充するように指導する3)
  2. 神経管閉鎖障害児の妊娠既往がある女性に対しては,妊娠前から妊娠11週末まで4~5㎎/日の葉酸を服用するように指導する3)
  3. 抗てんかん薬のうち,バルプロ酸やカルバマゼピンの服用者では葉酸の血中濃度が低下するとの報告があり,通常量の葉酸摂取では十分でない可能性があるが,どの くらいの量が適切かは議論の分かれるところである.

文献

  • 1)佐藤孝道.妊婦の薬物療法 進め方と留意点.Medical Practice 20(9),2003
  • 2)Banhidy F, et al. Risk and Benefit of Drug Use During Pregnancy. Int J Med Sci. 2: 100-106, 2005
  • 3)日本産科婦人科学会/ 日本産婦人科医会編集・監修.産婦人科診療ガイドライン産科編2023
  • 4)妊娠と薬情報センター(https://www.ncchd.go.jp/kusuri/)
  • 5)伊藤真也,村島温子編.薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳第3 版.南山堂.2019