(2)各論

1 )未分化胚細胞腫/ ディスジャーミノーマ

・ 卵巣にある原始生殖細胞(始原生殖細胞)に類似した大型の腫瘍細胞で構成される悪性腫瘍である.精巣に発生するセミノーマと同様の組織像を呈する.
・ 若年者の悪性卵巣腫瘍の中では未熟奇形腫とともに頻度が高い組織型である.
・ 未分化胚細胞腫は,10 代と 20 代に最も多く,1 割程度は 10 歳未満にみられる.
・ 腫瘍マーカーとして,血清LDH 値の上昇がみられる.
・ マクロ所見は,灰白色調から乳白色調の均一な充実性腫瘍で,基本的に出血や壊死はみられない(図19A).多くは片側性に発生するが,10%に両側性もみられる.
・ ミクロ所見では,腫瘍細胞は,大型で核小体の明瞭な腫大した核と淡明な細胞質を有する.胞巣状,索状配列を示し,リンパ球とのtwo cell pattern が特徴である(図20A).
・ 早期で発見されることが多く,予後は良好である.

2 )卵黄囊腫瘍

・ 10 代から 20 代に多くみられ,平均年齢は 19 歳である.胎芽成分以外に,内胚葉由来の種々の胎芽外成分(卵黄囊,尿膜)への分化を示す腫瘍である.
・ 腫瘍マーカーとして,血清α-フェトプロテイン(AFP)値の上昇がみられる.
・ マクロ所見は,白色調,不均一な充実性腫瘍で,内部に粘液性変性(囊胞状),出血や壊死を伴う(図19B).
・ ミクロ所見は,類洞様,微小囊胞,網目状など多彩で複雑な腫瘍細胞の増殖パターンを示す.Schiller-Duval body(図20B)や好酸性硝子球は特徴的な所見である.(Schiller-Duval body:血管周囲に高円柱状の腫瘍細胞が配列し,その外側の空隙を介してさらに扁平な腫瘍細胞が取り囲んで形成される構築)
・ 悪性度は高く,急速に増大し,骨盤,腹腔外に進展する.血行性,播種性に転移がみられるが,リンパ節転移は少ない.

3 )未熟奇形腫

・ 胎芽期の組織に類似する未熟組織(多くの場合,未熟な神経外胚葉成分)を含む奇形腫である.
・ 腫瘍マーカーとして血清CA19- 9 値やAFP 値の上昇がみられる.
・ マクロ所見では,充実性部分が目立ち,出血や壊死を伴う.白色から黄白色調の充実性の神経様組織もみられる(図19C).
・ ミクロ所見では,未熟な神経組織として,神経上皮ロゼット様構造(図20C)がみられ,核分裂像が観察される.他にも未熟な軟骨組織や骨組織,筋組織も混在する.
・ 神経上皮成分の割合によってGrade が決定される(表27).Grade 1 は低異型度,Grade 2, 3 は高異型度として扱われる.Grade 分類は予後推定の指標とされる.
・ 成熟した神経膠組織のみからなる腹膜播種巣は,腹膜神経膠腫症(peritoneal gliomatosis)と呼ばれる.播種とする説や奇形腫由来の成長因子による腹膜化生説が存在する.成熟した組織で予後不良因子とはならない.

4 )成熟奇形腫

・ 成熟した 2 胚葉あるいは 3 胚葉由来の体細胞組織で構成される腫瘍である.
・ マクロ所見では,多くは単房性囊胞で,皮脂様成分の泥状内容液を有し,毛髪塊,皮膚,歯牙,骨や軟骨など多様な組織よりなる充実部分を伴う(図19D).多房性,両側性の発生もみられる.
・ ミクロ所見では,最も多い成分は外胚葉成分の表皮,毛髪,毛囊,皮脂腺,歯牙,汗腺,大脳,小脳,脈絡膜などである(図20D).内胚葉成分として,気管支,消化管や甲状腺にみられる組織像を呈する.中胚葉成分として,平滑筋,骨格筋,軟骨,脂肪組織がみられる.

5 )抗NMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体抗体脳炎

・ 若年女性に好発し,6 割に奇形腫が認められる.長径 1 ㎝以下の奇形腫もみられる.
・ 非特異的前駆症状後に,統合失調症様精神症状,痙攣発作,無反応・昏迷状態,中枢性低換気,奇異な不随運動を特徴とする.
・ 髄液中の抗NMDA 受容体抗体(NR1 抗体,NR2 抗体)の存在で診断する(血清は抗体陰性であることがある).
・ 奇形腫合併例においては,腫瘍(奇形腫)の摘出,免疫療法(ステロイドパルス療法,血漿交換,免疫グロブリン大量療法),難治例においては,シクロフォスファミド療法,リツキシマブ療法が施行される.
・ 適切な治療により,多くは緩徐に回復するが(75%),高度後遺症例(15%)や死亡例(7%)もみられる.
・ 洋画「エクソシスト」や邦画「 8 年越しの花嫁:奇跡の実話」の題材として,抗NMDA 受容体抗体脳炎が取り上げられている.

(参照)本邦における奇形腫を合併した抗NMDA 受容体抗体脳炎の調査概要( 2016 年)
・ 10 代思春期女性は全体(163 例)の27%を占めた.
・ 奇形腫(161 例)は,単房性77%,多房性23%で,片側性85%,両側性15%であった.
・ 奇形腫(156 例)の組織型は,成熟型86%,未熟型14%であった.
・ 手術アプローチ( 161 例)は,開腹によるものが46%,腹腔鏡によるものが54%であった.
・ 術式( 161 例)は,腫瘍核出術53%,卵巣切除術/ 付属器切除術43%であった.
・ 術後の転帰( 147 例)は,同脳炎の寛解63%( 1 カ月以内21%),部分寛解29%( 1 カ月以内9%)であった.

(日本産科婦人科学会婦人科腫瘍委員会.田代浩徳,他,本邦における卵巣奇形腫を伴う抗NMDA 受容体抗体脳炎の現状.日婦腫瘍会誌.2018,36,168-180)