(1)子宮内膜症の発生

 表12に示すとおり,子宮内膜症(以下,内膜症)の発生機序については様々な仮説が提唱されている.各々の説に基づいた内膜症の発生部位やその病巣成立メカニズムの概要を図31 に示した.

 最初に提唱されたのは体腔上皮化生説である.化生説によれば,腹膜や卵巣の表面を覆う体腔上皮が化生を起こして内膜に変換し内膜症病巣を形成する.子宮内膜を欠損したMayer-Rokitansky-Küster-Hauser 症候群や男性に発生する内膜症,内膜症性卵巣囊胞(チョコレート囊胞)および胸腔内膜症などが化生説で説明される.しかし,なぜ骨盤腹膜のみが化生の好発部位になるのかなど,化生説にもいくつかの弱点がある.

 一方,現在最も広く受け入れられているのは,Sampson により提唱された子宮内膜移植説である.これは,月経時に卵管を通じて逆流した月経血中の内膜組織が,骨盤腹膜や卵巣表面に生着し侵入・進展することで,チョコレート囊胞のみならず,深部内膜症や骨盤腹膜内膜症を引き起こす,という説である.
 上記が二大仮説であり,表12 の残りの諸説は二大仮説の派生版と位置付けられる.胎生組織遺残説では,化生説と類似のコンセプトではあるものの,内膜症の発生母地を体腔上皮ではなく胎生期のミュラー管の遺残とする.この説を用いれば,仙骨子宮靱帯やダグラス窩などに発生する深部内膜症を説明しやすい.化生説と遺残説では,発生母地の違いはあるにせよ,それが何らかの因子の曝露により内膜症病変へと誘導されるとしている点から,両者は広義には誘導説の範疇に入る.なお,月経血中に含まれる液性因子などがその誘導物質の候補とされている.このように誘導説では逆流月経血の存在を必要とする点で,移植説のコンセプトを拝借した折衷案とも言える.また,誘導説を用いることで,前述の疑問に対して,骨盤腹膜は月経血に曝露されるので化生の好発部位になる,と説明される.
 リンパ行性・血行性転移説および医原性移植説は,いずれも起源となる組織を正所性内膜としている点で内膜移植説と同じコンセプトであるが,異所性部位への移動経路が卵管ではなく,リンパ管や血管などの脈管あるいは直接散布としている点が異なる.リンパ行性・血行性転移説では,臍部,リンパ節,皮膚および肺実質などの内膜症病変は,脈管を経由して生着したものと考える.また稀ではあるが,腹部手術や会陰切開の創部に発生する内膜症は,内膜組織が直接移植されたという医原性移植説で説明される.

 さらに,内膜症になりやすい女性は,免疫学的異常を有するために,異所性の子宮内膜組織を拒絶できずに生着・発育を許容してしまう,とするのが免疫学的異常説である.この説は,月経時に月経血の逆流が80~90%の女性に起こるにもかかわらず,子宮内膜症の有病率が生殖年齢にある女性の約10%に過ぎない事実を説明できる.
 近年,内膜症の由来を内膜「組織」ではなく,内膜組織を構築し得る「少数の細胞集団」とする考えが提唱された.腺管,間質および平滑筋などから構成される内膜様組織を構築し維持できる細胞は,自己増殖能と多分化能を有することが求められることから,幹細胞であると考えられている.この幹細胞仮説を用いれば内膜移植説の弱点を説明できる.例えば,内膜移植説が正しいとすれば,内膜組織の生着・浸潤・進展を呈する内膜症の初期病変も多く認められるはずであるが,実際はその初期像は極めて稀にしか検出されない.幹細胞説によれば,ごく少数の細胞から内膜症病変が構築されるので,腹膜と同化した形で内膜症病変が完成することになり,内膜組織の接着から浸潤という連続像を検出できないのは当然となる.また,幹細胞仮説では,「体腔上皮あるいは遺残胎生組織の中に存在する幹細胞が内膜症の起源細胞になる」および「組織ではなく幹細胞が脈管性に移動あるいは直接散布を通じて異所性に生着して内膜症病巣になる」という考えも包含される.このように,幹細胞仮説は,移植説および化生説を含めたすべての説を統合的に説明できる土台となり得る.さらに,思春期前に発症する内膜症については,出生直後に起こる新生児期性器出血が契機となる可能性も提案されている.すなわち,新生児期性器出血の一部が腹腔内へ逆流し,その中に存在していた子宮内膜の幹細胞が骨盤内に生着した後,長い間の休止状態を経て内膜症の起源細胞となって内膜症病変を完成させる.
 このように様々な仮説が提唱されていることは,単一の仮説・メカニズムだけで内膜症のすべてを説明することは難しいことを意味する.近年の幹細胞仮説は新しく魅力的ではあるが,この仮説も含めてそれぞれの仮説の妥当性の検証がますます求められている.