(1)妊娠末期に起こり得る症状

ポイント

<腹痛>

  • 陣痛や前駆陣痛などの妊娠に伴う症状のことも多いが,産婦人科疾患として常位胎盤早期剝離や子宮破裂,卵巣囊腫茎捻転を鑑別する.
  • 虫垂炎やウイルス性腸炎,胆石症,便秘,潰瘍性大腸炎の増悪などの可能性もあるため,症状が強く経過観察が困難と考えられる場合には外科医師,内科医師にコンサルトする.

<頭痛>

  • 重症妊娠高血圧症(160mmHg/110mmHg 以上)により頭痛が引き起こされている可能性もあるため,血圧を測定する.
  • 極めて強い頭痛があった場合には危険な二次性頭痛の可能性があるため,すぐにCT検査を行うとともに脳外科医などの専門医にコンサルトする.

<胸痛>

  • 強い痛みを伴う場合や乳房とは明らかに違う部位の胸痛があった場合には,大動脈解離や肺血栓塞栓症,心筋梗塞なども鑑別する.
  • 強度の胸痛を認めた場合には早急に循環器内科や救急診療科など専門医にコンサルトする.

<呼吸器症状>

  • 胸痛を伴う場合には大動脈解離や肺血栓塞栓症を,咳嗽を伴う場合には気管支喘息や気管支炎,肺水腫などを疑う.

<消化器症状>

  • 上腹部痛や胃痛,不快感の症状がHELLP 症候群に由来している可能性もあるため,血圧測定や肝機能の評価などHELLP 症候群の除外を行うことは重要である.

 なお,一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.

  • 妊娠中には女性の身体には様々な変化が起こり,しばしば不快な症状として発現する.例えば,腹痛,頭痛,胸痛,呼吸器症状,消化器症状,浮腫などが多く経験される.その多くは生理的変化の範疇であり,経過観察可能である.
  • しかし,それらの症状は時に合併症の症状として発生している可能性があり,その一部では救急疾患として専門医にコンサルトが必須となるものもある.なお,一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,各地域の状況を鑑み,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.

1 )腹痛

  • 妊娠末期に腹痛を主訴として救急受診される妊婦は少なくない.そのうち多くは陣痛・前駆陣痛であるが,激烈な下腹痛や出血を多く伴うなどの場合には常位胎盤早期剝離を鑑別する.身体所見として子宮に圧痛があるかどうか,板状硬になっていないかどうかを確認した後に経腹超音波で胎児心拍,胎盤後血腫や胎盤肥厚の有無を確認し,胎児心拍モニタリングを行う.常位胎盤早期剝離症例を切迫早産と診断して子宮収縮抑制剤を投与し,状態が悪化する事例があるので留意する.
  • そのほか頻度が高い産婦人科疾患としては,子宮破裂や卵巣囊腫茎捻転などが挙げられるため,経腹超音波の際には卵巣囊腫の有無,腹水の存在にも留意する.
  • それらが認められなかった場合には,虫垂炎などの外科疾患やウイルス性腸炎や胆石症,便秘などの内科的疾患の可能性があるため,症状が強く経過観察が困難と考えられる場合には外科医師,内科医師にコンサルトする(図2).同様に,もともと潰瘍性大腸炎などの基礎疾患がある場合にはその増悪の可能性を考えて専門医にコンサルトしておく.なお,一次施設の場合は,高次施設と連携をとり,対応を検討する.

2 )頭痛

  • 妊娠中に頭痛を訴える妊婦は少なくないが,その多くは片頭痛や筋緊張型頭痛である.それらのうちのほとんどはアセトアミノフェンの投与や漢方治療などの対症療法でよい.
  • 一方で重症妊娠高血圧症(160mmHg/110mmHg 以上)により頭痛が引き起こされている可能性もあるため,高血圧のリスクが高い妊婦が頭痛を訴えている場合には重症妊娠高血圧症候群の鑑別のため血圧を測定する.
  • 極めて強い頭痛があった場合には脳出血などの緊急対応が必要な危険な二次性頭痛の可能性があるため,妊娠中であってもためらわずにすぐにCT 検査を行うとともに脳外科医などの専門医にコンサルトする.一次施設の場合は,高次施設と連携をとり,対応を検討する(2~9頁参照)

3 )胸痛

  • 妊娠中における胸の痛みの多くは乳腺の発達により皮膚や筋肉が牽引されることによって引き起こされる痛みであり,基本的には経過観察が可能である.
  • 強い痛みを伴う場合や乳房とは明らかに違う部位の胸痛があった場合には,それ以外の疾患の併存を疑わなければならない.例えば,突如発症した激烈な胸背部痛の訴えがある妊婦に対しては,大動脈解離を疑う.そのほか,突然発症する胸痛としては肺血栓塞栓症,持続する胸痛としては心筋梗塞なども鑑別疾患として考慮する.
  • 大動脈解離はMarfan 症候群などの全身性結合織疾患のほか,Turner 症候群,大動脈二尖弁などの先天性心疾患患者などでリスクが高く,肺血栓塞栓症の多くは深部静脈血栓症に起因するが,妊婦自身がこうしたハイリスク疾患を背景にもっていることを認識していない場合もある.そのため,リスク因子の有無にかかわらず強度の胸痛を認めた場合には早急に循環器内科や救急診療科など専門医にコンサルトする.一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.

4 )呼吸器症状

  • 妊娠末期には増大した子宮の圧迫により横隔膜が挙上して肺実質の体積が減少するため,慢性的な息苦しさを自覚するようになることが多い.
  • この変化は生理的なものであり基本的には経過観察可能であるが,普段とは異なるような呼吸困難を訴える場合には注意が必要である.胸痛を伴う場合には前述のように大動脈解離や肺血栓塞栓症を,咳嗽を伴う場合には気管支喘息や気管支炎,肺水腫などを疑う.そのため,こうした疑いがある際には早急に循環器内科や呼吸器内科医にコンサルトする.
  • 精神的ストレスが強いイベントを経験した場合やもともと不安神経症がある妊婦の場合には,過換気症候群の可能性も鑑別として考えておく.

5 )消化器症状

  • 妊娠末期には増大した子宮の圧迫により胃が圧迫され,嘔気や食思不振,逆流性食道炎,胸やけなどの消化器症状が起こることが多い.
  • これらのほとんどは生理的な症状と考えられるが,上腹部痛や胃痛,不快感の症状のうち一部はHELLP 症候群の症状として発症している可能性があるため,血圧が高いなどリスク因子がある場合や症状が強い場合にはHELLP 症候群の除外を行うことは肝要である.また,急性胃腸炎や胃痙攣などの場合もあるため,症状が強い場合には消化器内科にコンサルトする.一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.

6 )高血圧・蛋白尿

  • 高血圧・蛋白尿は「症状」ではないが,妊婦健診で必ずチェックする項目であるため本稿で取り上げる.
  • 妊娠末期では血圧が上昇する妊婦がしばしばみられるが,妊娠高血圧症候群の状態になると胎児機能不全,常位胎盤早期剝離などの胎児リスクや,HELLP 症候群や脳出血などの母体リスクが上昇するため,妊娠34 週以降で血圧が重症域になった場合または重症域ではない場合でも37 週以降の場合は妊娠帰結を検討する.これは,蛋白尿を伴わない妊娠高血圧腎症の場合でも同様である.また,高血圧を伴わない蛋白尿の場合でも,その後に血圧が上昇してくることが多いことが知られており,短い間隔での慎重な経過観察が望まれる.

7 )浮腫

  • 妊娠末期の浮腫はホルモンによるナトリウム貯留や増大した子宮の圧迫により高頻度で生理的に引き起こされ,そのほとんどは無害であり経過観察の対象となる
  • 一方で妊娠高血圧症候群の症状として発現している可能性もあるため,浮腫が著明な場合には必ず血圧測定と尿検査を行い妊娠高血圧症候群の鑑別をしておく.
  • 圧痛のある片側性の下肢・ふくらはぎの腫脹,紅斑,熱感などがあれば深部静脈血栓症の可能性があり,放置することにより肺血栓塞栓症のリスクが高まる.そのた
    め,こうした場合には早急に循環器内科にコンサルトする.
  • もともと慢性腎炎を合併している場合などは腎機能が急速に低下している可能性もあるため,速やかに専門医にコンサルトする.一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.

8 )おわりに

 妊娠末期には様々な症状が生理的に発生する.多くは経過観察が可能であるが,一部には緊急対応が必要となる疾患が存在するため,普段よく経験するよりも明らかに強い症状がある場合などは,ためらわずに専門医にコンサルトすることが重要であると考えられる.