(1)周産期うつ病:Perinatal depression

ポイント

  • 頻度は10~15%と高いが,ほとんどが日常生活を継続できる軽症である.
  • いつもと違う様子で,かつ日常生活に支障を来す可能性がある様子が1~2週続いていたら,うつ病を疑って精神科に診断を依頼する.
  • 仮に双極性障害や統合失調症であった場合,抗うつ薬使用によって悪化することがあるので鑑別が重要となる.

症例

 産後3カ月目,2週間前から授乳や夜泣きによる不眠・疲れなどのために泣いてばかりいるという電話相談が夫からあった.かかりつけの産科医が面談し,夫は仕事が忙しく,周りに頼れる親族もいないとのことから産後ケア施設への入所(ショートステイ)が適切であると評価された.入所時に実施されたエジンバラ産後うつ病質問票の結果は22点で,聴き取りによって,抑うつ,不安,自責,焦燥感,「子どもがかわいいと思えないことがある」というボンディング障害が認められた.産後うつ病と診断され,母子分離を行った上で精神科入院加療が必要であると評価され,精神科リエゾンチームが介入した.

解説

1)周産期うつ病の病態

  • 「うつ病が満たすべき基準」(DSM-5 分類:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-5,米国精神医学会が発行する『精神疾患の診断・統計マニュア ル第5版』)(表10)に示された症状が2週間以上続く状態.
  • 日常生活が継続できる状態であれば軽症,切迫した希死念慮や身体症状の悪化によって入院を要する状態であれば重症とし,その間を中等症とする.
  • 頻度は10~15%と高いが,ほとんどが日常生活を継続できる軽症である.

表10.うつ病が満たすべき基準(以下のA~Cをすべて満たすことが必要,DSM-5)

2)周産期うつ病の診断

  • 周産期うつ病をはじめとしたメンタルヘルスに問題を抱えた女性は,自ら精神症状や苦痛を訴えてこない傾向があるため,医療者側から積極的にアプローチする必要がある.
  • エジンバラ産後うつ病質問票〔自己評価票(EPDS:Edinburgh Postnatal Depression Scale),MCMC 母と子のメンタルヘルスケアHP:https://mcmc.jaog.or.jp/pages/epds〕あるいは英国国立医療技術評価機構(NICE)で推奨される2項目質問票(Whooleyの2項目質問票)(表11)を用いてスクリーニングを行う(EPDSの区分点は,妊娠中期では13点,産後1カ月では9点が用いられることが多い.2項目質問票では1つでも「はい」があればうつ病の可能性を疑う.質問票のみで確定診断できないことにも留意する).
  • うつ病が重症化すると質問を受け入れることができなくて点数が低くなることに注意する.
  • EPDSはコミュニケーションツールとしても活用できる(区分点の目安は9点)(図8)が,使用前に地域行政のバックアップ体制などを確認し,聴き取りを行うための研修を受けておくことが望ましい.
  • 精神疾患既往歴,社会的経済的環境など妊産婦の抱えている背景要因について把握する.
  • 仮に双極性障害や統合失調症であった場合,抗うつ薬使用によって悪化することがあるので鑑別が重要となる.

表11.NICEのガイドラインで推奨される2項目質問票

図8.産科医療機関におけるエジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)の使用フローチャート

3)周産期うつ病の管理

  • 軽症例では,患者の苦痛に対して傾聴・共感し,リスク因子となっている背景要因を多職種連携で支援することによって対応できる.
  • 中等症以上では,精神科に依頼して,認知行動療法や対人関係療法などの精神療法や薬物療法を考慮する.
  • ほとんどの抗うつ薬は妊娠および授乳中の使用が可能であるが,妊娠中の使用は新生児薬物離脱症候群や新生児遷延性肺高血圧症のリスクを高めるので,新生児の注意深い観察が必要である(授乳中については後述)
  • 希死念慮は「死にたいほど辛い」ことであり,医療者側から状況について積極的に聴き取りを行う.
  • 幻聴・幻覚や自傷(希死念慮)・他害の疑いがあれば,精神科緊急入院の適応となる.
  • 周囲の理解や支援が必要であるが,パートナーもうつ状態になっていることが多いので,ともに支援の対象であると留意する.

参考:産褥期の服薬相談

  • ほとんどすべての薬剤は母乳中へ分泌されるが,児の状態に(黄疸などの小児科系基礎疾患や低出生体重児などの)問題がなければ,抗うつ薬や抗精神病薬を通常使用量で使用した場合の授乳は可能である.
  • かつては服薬前の授乳を推奨する意見もあったが,定時に使用する薬剤の血中濃度はほぼ一定範囲で推移していることから,現在は,定時に服薬することを前提として,母児の状態に合わせて授乳・搾乳することが勧められている.
  • 仮に母乳移行量が少ない薬剤であっても,新生児・乳児の観察は必要である.
  • 一時的な授乳中止が必要な場合,特に産後2~3カ月以降では数日間の授乳中止で乳汁分泌が終了してしまうことがある.そのため,断乳中でも一定時間ごとに搾乳するなどの支援が必要である.

参考:精神疾患の入院形態

  • 任意入院:本人の治療への同意がある自発入院形態
  • 医療保護入院:入院治療の適応に対して,本人の同意が得られないが,措置入院などの基準を満たさないもの
  • 措置入院:自傷・他害のおそれがある時,2名の精神保険指定医の診察と知事などの権限・責任による強制入院
  • 緊急措置入院:緊急時,1名の精神保険指定医の診察によって知事名などによる72時間以内の緊急強制入院
  • 応急入院:病院管理者による72時間以内の緊急医療保護入院