医学部を卒業して,研修医となり,次いで専攻医を経て,専門医となっても ならなくとも,診療現場に出て患者を診るようになってからは,いかなる時も, 患者のため,同時に自分のためにも,医療安全を第一にして医療事故を起こさ ないように,患者に接することが求められる.そのために,本会は,標準的診 断と治療の習得を重視し,日本産科婦人科学会とともに産婦人科診療ガイドラ インの作成に傾注してきた.しかし,診療現場では,診療ガイドラインだけで は,患者を満足させることはできず,「こんな時はどうする」の視点で編纂し ている研修ノートの作成を中心に,生涯研修を進めている.

 このように日々,研鑽を積んでいて,注意深く診療を行っている会員であっ ても,思いがけない医療事故に遭遇することはあり得るのが,臨床の現場であ る.それゆえに,本会,医療安全部会では,偶発事例報告や妊産婦死亡報告事 業を行い,その分析から「母体安全への提言」を配布すると同時に,医療安全 のための再研修の支援なども行っているだけでなく,万一医療事故に遭遇して, 患者やその家族とのトラブルが発生し,医療訴訟になった時も,いかに対応す るかなどの支援も進めている.

 このような医療安全に関する研修部会と医療安全部会での必死の努力により, その件数は減ったとはいえ,実際に医療事故が発生し,医療訴訟は後を絶たな い.そこで,今回は,「裁判事例から学ぶ」と題して,まず,医会報に掲載さ れた医療事故事例の問題点を整理し,各事例の医療上の考え方と法的な考え方 も含めて,的確な論点整理を行い,今後の診療に役立つように提示した.

 いかなる診療科の医師も,医学以外の領域に疎いものが多く,例えば,民事 裁判と刑事裁判の違いも分からず,司法の問題に関しては,大変弱い傾向にある.

 そこで,第二の課題とし,医療訴訟に携わっている弁護士先生方を中心に, 総論として,医療訴訟が起きる背景,医師の義務と責任,民事事件と刑事事件の違い,さらに,各論として,医療事故発生時の初期対応とその後の手続き, 医師賠償責任保険のしくみなども分かりやすく記述してもらった.

 そして,最後には,日常診療上,患者と問題を起こさぬための留意事項をまとめてあるので,参考にしていただきたい.また馴染みのない,司法専門用語の解説なども付帯した.

 このように貴重な内容の執筆をいただいた諸先生方には深甚なる謝意を表したい.また,執筆・校正・編集などに携わってもらった研修委員会委員,並びに研修部会,医療安全部会,医会報編集部会の担当役員・幹事諸君に感謝を申し上げる.

 

令和4年1月 会長      木 下 勝 之