付録1:用語解説(五十音順)

医師法:総論2

 1948年に成立した医師の職務,責任などを規定する法律で,国家と医師の関係を定める公法である.医師について定めた最も基本的で重要な法律である.医師法が, 医業を独占的に行う医師の資格などについて定めた法律であるのに対し,医療法(1948年成立)は,主に医療を行う場所などについての施設法としての性格を有する,

 

逸失利益:各事例集,各論1(4),2(6)

 死亡や重度の障害が残った場合に,過失行為(違法行為)がなかったら得られたであろう将来の収入のこと.

 

慰謝料:各事例集,各論1(4),2(6)

 被った精神的苦痛を慰謝するための損害賠償の費目.

 医療関係事件を含む損害賠償の実務では,過失行為(違法行為)により必要となった入通院の期間や後遺症の程度などによって異なる基準が存在し,多くの事例では,その基準をベースとして,慰謝料額が検討される.

 死亡事例あるいは死亡に匹敵する重大な障害を残す事例では,本人だけでなく,その親族の「固有の」慰謝料が認められることがある.

 

医療水準:各事例集,総論4

 過失の有無を判断するための指標.

 医療水準に達していないと判断されれば過失があり,医療水準に達していると判断されれば過失はないと判断される.

 判例は,危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くして診療にあたることが医師には求められるとした上で,医療機関・医師の注意義務の基準となるべき ものは,診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である,と判示している.

「その医療行為をした医師と同じ立場の通常の医師のレベル」と言い換えることができる.裁判では,医師の意見書,医学文献,薬剤添付文書,診療ガイドライン,鑑定意見などが参考にされる.

 例えば,診療当時の医療水準に照らして,転医の判断および措置を適時かつ適切に行うべき義務(転医・転送義務)などが判断される.専門分野や施設などの制約により, 自身で一定の診療行為を実施できないこと自体はやむを得ないという場合でも,より高度の施設や能力を備えた医療機関であればその医療行為を行うことが医療水準となっているのであれば,医師には,患者がより適切な診療を受けられるようにするため,高度の医療機関に転医するよう勧告し,あるいは転送することが注意義務として求められる.

 

因果関係:各事例集,総論4

「あれなければ,これなし」という関係のこと.ただし,事実的因果関係のみで損害賠償責任を認めると際限がないため,損害賠償の範囲は相当な因果関係に限られる.

 自然科学的な因果関係と法的因果関係は異なる場合があり,法的因果関係は,自然科学的因果関係ほどの厳密な証明を要しないとされている.

 

応招義務:総論2

 医師法第 19条1項「診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない」と定めており,医師が診療の求めに応ずる義務を応招義務という.

 患者に対する義務違反が問題となる民事事件においては,応招義務違反そのものを 理由として義務違反が認められるわけではないが,医療機関は患者に対して民法上の 診療契約に基づく診療義務を負うため,患者からの診療の求めに応じて,必要にして 十分な治療を与えることが求められ,正当な理由なく診療を拒んではならない.ただし,

・患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)

・診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内か,診療時間外・勤務時間外か

・患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係

 などを考慮し,診療の求めに応じないことが正当化される場合がある.

 なお,これまで「応召義務」あるいは「応招義務」のいずれの表記も用いられてきたが,2018(平成30)年度厚生労働省研究において,医師と患者が信頼関係を基礎とした対等な関係にあること,「召」という漢字は戦前における軍隊の召集を想起させることなどを踏まえ,「応招義務」という表記を用いることとされた.

 

過失/ 注意義務違反:各事例集,総論4

 ある行為を行った場合に,ある結果が発生することを予見することができ,かつ,その結果が発生しないようにすべき義務(=注意義務)があるにもかかわらず,これに反して損害結果を発生させた場合に,過失(=注意義務違反)があると判断される.そのため, 結果発生を予見できないような場合や回避できないような場合にまで,損害を回避す べき義務を負うことはない.悪い結果が起きないように注意することができ,注意す べき立場にあったにもかかわらず,その注意をしなかった時に,過失が認められる.

 

供述調書:各論1(2)

 警察官や検察官が,供述者から聴取した内容を取捨選択した上で作文した内容を書き記し,読み聞かせをして,供述者本人の署名押印をした書面である.「読み聞かせた上誤りがないことを申立てたので署名・押印(指印)した」という形式が採られる.

 そのため,事情聴取では警察官や検察官に迎合せず,読み聞かせの際に,違っていることは違っているとその場で躊躇なく主張し,供述調書の訂正を申立てるべきである.

 

行政責任:総論2

 医師の場合,医師免許の取消や業務停止などの行政処分を伴う行政上の責任を負うことがある.

 厚生労働省に設置されている「医道審議会」で審議が行われ,その結果に基づき,医師や歯科医師への処分が決定され,厚生労働大臣が処分を行う.

 

刑事事件:総論2,3,各論1(2)2)

 懲役,禁固,罰金などの刑事罰が科されるか否かが問われる事件であり,民事事件とは異なる手続きである.医療過誤に関連して医師らが刑事責任を問われる事件としては,「業務上必要な注意を怠り,人を死傷させた」場合に問われる業務上過失致死 傷(刑法 211条),死体を検案して異常があると認めた時に求められる異常死の届出義務違反(医師法21条,33条の2)などがある.逮捕,起訴,有罪 / 無罪などは,刑事事件に関する問題である.

 

後遺障害:各事例集,各論1(4),2(6)

 過失行為(違法行為)により後遺症が残った場合に,その後遺症による損害の程度を判断するために,労働能力の低下という観点から1級から14級までの基準(1級がもっとも重い)を設けて等級付けし,それらの基準に該当する場合に「後遺障害」とされる.したがって,何らかの後遺症があるからといって,常に後遺障害が認定されるわけではなく,14級の基準以下の場合には,後遺障害に該当しない.

 

債務不履行責任:各事例集,総論3

 契約などによって相手方に対して債務を負っている者が,その債務を履行せず損害を与えた場合,民法第415条に基づき負う損害賠償責任であり,民事事件において責任追及される.

 医療関連事件では,患者と医療機関(または医師)との間で,適切な診療行為を行うという内容の診療契約を締結した関係にあると捉えて,その債務(適切な診療行為を行うという義務)を履行せずに患者に損害を与えた場合に,医療機関(または医師)が責任を負うことになる.診療契約は,あくまで,適切な診療行為を行うという内容に尽きるものであり,診療の結果についての責任を負うものではない.

 

診療契約:各事例集,総論3

 患者と医療機関(または医師)との間で,適切な診療行為を行うという内容の診療契約を締結した関係にあると捉えられる.

 

説明義務:各事例集,各論2(2)

 診療契約に基づいて患者に負担する診療義務の一形態である.

 医師の患者に対する説明義務は,①療養指導としての説明義務(医療行為の一部と しての説明)と,②患者の有効な同意を得るための説明義務という2つに分類される.

 とりわけ,医療関係事件では②の説明義務違反が問題となることが多い.憲法     13 条を根拠として,患者が自己の治療方針などについて意思決定する権利(自己決定権) が保障されることに基づき,医師には,患者の有効な同意を得るために説明を尽くすべき義務がある.そのため,仮に医療行為そのものに過失がない場合でも,患者が意思決定できるだけの十分な説明を行わなかった場合や,患者の意思決定に基づかない診療を行った場合には,医師の過失が認められる場合がある.

 

不法行為責任:各事例集,総論3

 故意または過失によって,他人の権利や法律上保護される利益を違法に侵害した場合,民法第 709条により,その損害を賠償する責任を負う.

 債務不履行責任における契約関係などのような特別の関係にない者との間でも,責任を負う.交通事故における損害賠償責任が,不法行為責任の典型例である.

 医療関連事件では,債務不履行によっても不法行為によっても,責任が追及され得る.

 

民事事件:総論2,3,各論1(2)2)

 不法行為,診療契約上の債務不履行があったなどとして,主として金銭的な損害賠償請求という形で責任が追及されるもの(民法709条,415条).例えば,患者からの慰謝料請求,治療費返還請求,謝罪の求めなどは,民事事件の問題である.