Q8. 子宮前壁に筋腫核があり子宮下部横切開を行うことが難しい症例の対応は?

ポイント

  • 事前に子宮筋腫の位置の評価とそれに基づく児娩出ルートの設定を検討することが重要である.可能であれば子宮筋腫を避けて切開し娩出する.
  • 帝王切開時に筋腫核出を行う可能性がある場合には,事前の評価と輸血の準備,十分なインフォームドコンセントを行う必要がある.

(1)はじめに

  • 子宮筋腫は婦人科疾患の中で最も一般的であり,子宮筋腫合併妊娠の頻度は,超音波検査の診断技術向上と晩産化に伴い,最近の報告では10%を越えている.
  • 妊娠初期の子宮筋腫の評価(個数,大きさ,位置)が大切であり,その上で妊娠中や分娩・産褥期に起こり得る合併症に注意を払う必要がある.
  • 子宮筋腫合併妊娠の帝王切開では,子宮筋腫および胎盤の正確な位置把握に基づく娩出ルート設定による安全な児娩出が最優先である.さらに適切な手術操作により同時の子宮筋腫摘出術も可能である.

(2)子宮筋腫合併妊娠の分娩管理

  • 子宮下部に大きな子宮筋腫を認めても,妊娠末期に子宮下部,峡部が進展し児頭と筋腫の位置関係が変化し,経腟分娩可能となることもあり分娩様式は慎重に決定する.
  • 子宮筋腫の分娩時経過への影響は,胎位異常,分娩時異常出血および胎盤遺残が有意に増加することが報告されている.胎盤直下に子宮筋腫が存在する場合に子宮収縮が妨げられ弛緩出血が増加する.癒着胎盤を来した報告もある.産褥期に出血,筋腫変性,感染などにより子宮全摘が必要となることがある.

(3)子宮筋腫合併妊娠での帝王切開

  • 留意点を表6に示す.
  • 子宮筋腫合併妊娠時の帝王切開では,子宮筋腫の位置の評価とそれに基づく児娩出ルートの設定が重要である.児が最優先で,可能であれば子宮筋腫を避けて切開し娩出する.
  • 筋腫核出を行うべきか,あるいは行う必要性があるかを検討する.
  • 稀であるが,子宮筋腫核出後に児娩出せざるを得ない症例もある.

  • 児娩出ルートは,子宮筋腫,児の胎位胎向と胎盤付着部の位置関係を考慮しながら,通常の横切開(図36 ①),やや高い位置での横切開(図36 ②),J 字や逆J 字(図36 ③),逆T 字(図36 ④),体部切開(図36 ⑤)での娩出を考える.子宮前壁に子宮筋腫や胎盤があり切開部分がない場合は筋腫核出後に児娩出する(図36 ⑥).

  • 可能であれば子宮筋腫と子宮切開部位は,3㎝以上空けることが望ましい.
  • 子宮筋腫で変位していることがあり,膀胱の位置にも注意する.
  • 先進部の浮動や胎位異常による児娩出困難となることや子宮切開・破膜と同時に胎位異常を起こすことがあり,状況に応じて内回転などで頭位または骨盤位にして娩出する.
  • 筋腫のため血管豊富で子宮筋層切開時の出血量増加や切開部の伸展不良となることもあり得る.さらに弛緩出血や胎盤剝離面からの出血増加にも注意し,児娩出後は子宮収縮剤を持続点滴する.

(4)帝王切開時の子宮筋腫核出術の留意点

  • 一般に帝王切開時の筋腫核出術は,感染や強い疼痛を伴う場合などの緊急時を除いて勧められていないが,一方で筋腫をそのままにすれば産褥期に筋腫部位疼痛や子宮内感染などの理由により,稀に子宮摘出を余儀なくされることもある.したがって,帝王切開時の子宮筋腫摘出を基本方針としている施設もある.
  • 出血軽減のために,“子宮収縮剤を点滴しバソプレシン(ピトレシンⓇ)を局注※した上で正しい層で強く筋腫を牽引しながら核出すれば”帝王切開時の核出も可能である.子宮頸部筋腫,特に側壁付着では,子宮動静脈および尿管が近いため慎重な操作が必要である.必ず尿管の走行を確認し,場合によっては尿管テープで把持する.正しい層に到達したら,筋腫を把持牽引し,揺り動かしながら引き抜くように核出する.
    ※ バソプレシンは適用外使用となるため,使用時の十分なインフォームドコンセントに留意するべきである.
  • 娩出ルートの検討が必要な場合や同時に筋腫核出術予定の症例では,ほぼ全例にMRI を撮影している.MRI は超音波検査で把握しにくい子宮後壁付着の筋腫の情報が得られるとともに,3次元での位置関係の把握がしやすく,アプローチの方法などの検討に有用である.
  • 手術の難易度,子宮筋腫の大きさや位置,胎盤との位置関係などから出血量を予測し,必要に応じて自己血貯血を行う.また,出血量が多くなる可能性が高いと考えられる症例では同種血輸血を準備する.巨大な子宮筋腫や子宮頸部筋腫では自己血貯血を行うことが多い.
  • インフォームドコンセントは上記評価を踏まえ,皮膚および子宮切開部位,出血リスクと輸血の可能性,難易度が高いと考えられる場合は子宮全摘の可能性まで説明しておく必要がある.