7.悪性腹水・腹部膨満感

(1)悪性腹水

・ 悪性腹水とは悪性腫瘍により生じた腹腔内の異常な体液貯留のことである.
・ 悪性腹水の原因となるがん種としては,卵巣癌が多く,大腸癌,胃癌,膵臓癌,子宮体癌,乳癌などが続く.
・ 原因病態としては腹膜播種,多発肝転移,それによる門脈圧の亢進などがある.腹水全体の10%程度が悪性腹水であると報告されている1, 2).
1 )診断
・ 腹部超音波検査や CT によれば数百mL 程度でも検出可能であり,理学所見や自覚症状(腹囲の増加や波動の確認,腹部膨満感など)からは,1,000~1,500mL 程度の腹水貯留がないと診断は難しい.
2 )症状
・ 悪性腹水患者の60%に何かしらの不快症状を認めるともいわれる.
・ 消化器症状として,腹部膨満感や腹痛,胸やけ,悪心・嘔吐,食欲不振などである.
・ 消化器症状以外にも多くの苦痛症状が悪性腹水により起こり得る.腹水貯留を原因とした胸郭圧迫による呼吸困難感や,腹腔内圧上昇による静脈,リンパ液還流障害による下肢浮腫,性器浮腫(陰囊水腫など)や,腹部膨満による前屈や座位の姿勢保持困難がある.また全身倦怠感や体重増加による漠然とした不快感などの訴えもある2).
3 )治療
・ 悪性腹水に対するマネジメントについては,強いエビデンスに基づいたものは乏しいのが現状である.すなわち個々の患者の状態を見極めながら希望に沿った個別的な対応が求められる.薬剤投与や介入のメリット・デメリットを十分に勘案し,患者の全身状態と予後を考慮した総合的な判断が必要である1, 2).
①抗がん治療
・ 抗がん薬を中心とした化学療法が,悪性腹水の改善を認めることがある.
②輸液量の調整
・ 悪性腹水のある患者への輸液量に対する明確な指標はないが,全身状態,苦痛症状などを評価した総合的な判断が必要である.
・「 終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン」によれば,予後 1~2 カ月の腹水を有する終末期がん患者では,腹水への非侵襲的な対応として輸液量の調整は有効な可能性があるとされている.
・ 一般的には多量の輸液が腹水貯留を増悪させる可能性があると考えられており,食事・飲水量の低下を理由とした安易な輸液の増量は行わないように注意が必要である.
③利尿薬
・ 利尿薬の有効性についても明確なエビデンスはないが,悪性腹水の貯留に対して,非がん性腹水の場合と同様に利尿薬が日常的に使用されていることがあるが,利尿薬の効果と有害事象(電解質異常や血圧低下,脱水傾向,腎不全,血栓塞栓症など)を定期的に評価し,漫然とした投与を行わないようにする.
④腹水穿刺ドレナージ
・ 腹腔内にカテーテルを挿入することで体外に腹水を排液する手技である.腹水貯留による症状を速やかに緩和することができることが大きな利点である一方で,侵襲的であり,出血や血圧低下,腎機能低下,消化管・肝臓への穿刺などの有害事象の可能性がある.
・ ドレナージ後に再貯留を比較的短期間で来す場合もあり,穿刺の回数が頻回になるという問題もある.穿刺の回数が頻回な場合は,カテーテルを留置する方法もあるが,留置に伴う違和感,感染のリスクなどが予想され総合的な判断が必要である.
・ 1 回のドレナージの量については,1~3L 程度であれば比較的安全に行えると考えられているが,それよりも多い(3~6L 程度)量のドレナージを行っているとの報告もある.
⑤腹腔静脈シャント(PV:peritoneovenous shunt)
・ シャントチューブを介して腹水を中心静脈に一方向的に還流させることで腹水の貯留を緩和させるものであり,主なものとしてDenver シャントがある.シャントが有効に作用した場合,穿刺の回数を減少あるいはなくすことも可能である.
・ しかし,有害事象の発生が比較的高いことも知られており,施行する上での懸念となりやすい.最も多い合併症としてはシャント不全(閉塞)で,次いでDIC,急性心不全,肺水腫,肺塞栓症,感染症などがある.
⑥ 腹水濾過濃縮再静注法(CART:cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)
・ ろ過膜を用いて腹水から細胞や細菌などの不要な成分を除去し蛋白などの必要な物質を濃縮した後に,その濃縮腹水を再静注する方法である.悪性腹水に対するCART については現時点でエビデンスが不足しており,それ自体が患者の腹水貯留による症状緩和に有効であるかどうかは結論されていない.
・ CART は日本国内のみで使用されており,保険適用の治療手技であるが,コストが高く実施施設がある程度限定されてしまうことも問題である.
⑦食事療法・水分制限
・ 悪性腹水については明確なエビデンスがない.予防的な意味合いでの塩分制限(5~7g /日以下程度)や飲水制限が行われることがある.それらが一方で患者の生活の質を落とすことにもつながるので,その対応には十分な配慮が求められる.
4 )腹水におけるケア
・ 悪性腹水については,根本的な治療にならないことも多く,上述のマネジメントに加えてケアも重要である.患者の全身状態や希望に合わせた個別的なケアを心がける1).
①腹満感に対するケア
・ 安楽な対応を工夫する.頭位挙上などが有効な場合もある.その際にクッションなどで上肢をささえると筋緊張が緩み姿勢が安定する.また腹部の温罨法も患者の不快感の軽減につながることがある.また便秘が症状をより悪化させることもあるので,排便コントロールを行う.
・ 腹部の皮膚の過伸展による乾燥や掻痒感の出現が起こることもあるので,クリームやローションによる保湿に努める.
②浮腫に対するケア
・ 多量の腹水貯留により陰部から下肢にかけて浮腫の悪化がみられることが多い.浮腫の程度や患者の状態を考慮して負担のない浮腫ケアを行う.足浴や入浴が症状緩和につながることもある.
③日常生活に対するケア
・ 氷片やシャーベットで水分補給を行い,飲水による腹部膨満感を回避する.衣類・寝具をゆったりとした,圧迫感のないものにする.

文献
1) 日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン委員会編.がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン(2017
年版),東京,金原出版,2017,119,90-97.
2) 日本緩和医療学会(編).専門家をめざす人のための緩和医療学 第2 版,東京,南江堂,2019,132-137.