(3)母体急変時の初期対応と鑑別

・産科異常出血時の初期対応においては,「全身管理」と「産科的管理」を同時進行で行う必要がある(図9).産科医療の現場では,医師・看護職員とも「産科的管理」に集中しがちであるが,局面により優先順位を考慮して初期対応を行うことが望まれる.

1)産科異常出血をみたときの初期対応(全身管理)

・産科異常出血初発時の初期対応…静脈路確保,酸素投与,母体モニター装着・いずれも,バイタルサインの変動がなくても行うことが重要である.13頁(2)「感知」
で述べたとおり,妊産婦は循環血漿量が増加していること,元来健康であることから,循環血漿量がかなり減少してもバイタルサインが変動しないこともある.したがって,産科異常出血をみたら,バイタルサイン変動の有無にかかわらず,初期対応を開始する必要がある.

①静脈路確保・急速輸液

・18~20Gの静脈路を確保し,輸液は細胞外液補充液を使用する.原則としてすべての分娩に予防的な静脈路確保が勧められるが,もし静脈路が確保されていない場合には,バイタルサインが変動していなくても早めに静脈路確保を行う.バイタルサインが変動した頃には,末梢静脈が収縮して静脈路確保が困難になる.
・輸液としては細胞外液補充液(ラクテックR,ヴィーンFRなど)を全開で急速滴下する.
※5%ブドウ糖液は,投与量のうち1/12程度しか血管内にとどまらないので,循環血漿量確保の効果が低い.ルーチンの静脈路確保の段階から細胞外液補充液を使用することが望ましい.

②酸素投与

・リザーバー付きマスクで,100%酸素を10~15L/分の流量で投与する.鼻カヌラやリザーバーなしマスクでは100%酸素を高流量で流しても実際に吸引される酸素濃度は40~60%程度であることが知られている(図10).
・出血により循環血漿量が減少すると,赤血球容積も減少するので末梢組織への酸素供給が減少し,嫌気性代謝によって組織障害がもたらされる.酸素投与が禁忌となるような呼吸器疾患を妊産婦がもっている可能性はきわめて低いので,SpO2の異常や呼吸苦などがなくても,まずは酸素投与を行う.

③母体モニター装着

・バイタルサインの変動を早期に発見するためには,自動血圧計・心電図モニター・SpO2モニタリングの3点セットが望ましい.ショックの初期の徴候が心拍数増加であることが多いので,心電図モニターは早めに装着したい.また呼吸状態の監視にSpO2モニタリングが必要である.血圧のみを間欠的に測定するのでは急変の発見が遅れることがある.
・母体モニターと並行して,意識状態と呼吸状態を確認する.呼びかけを続け,反応の発語があるかどうかを確認する.

2)産科異常出血をみたときの初期対応(産科的管理)

・出血している最中に,産科的に原因を確定させることは難しいことが多い.会陰部など確認できる範囲での異常がなければ,とりあえず弛緩出血を想定して,子宮双手圧迫法を行う(23頁図12).
・子宮双手圧迫法は初期治療であるとともに,診断の一助にもなる.子宮が軟らかければ,弛緩出血の可能性が高いと判断されるので,子宮収縮薬を投与する(表5).第1選択としてはオキシトシン(アトニンRなど)を高用量で使用する.第2選択としてメチルエルゴメトリンマレイン酸塩(メチルエルゴメトリン注R,パルタンM注Rなど)が使用されることもあるが,高血圧症・妊娠高血圧症候群などに対しては慎重に投与する必要がある.これらの既往・合併がなくても急激な血圧上昇を来すこともあるので,静脈内注射は緩徐に行う.

3)産科異常出血が持続する場合の全身管理

・静脈路確保・急速輸液,酸素投与,母体モニター装着を行いながら,子宮双手圧迫法による止血を期待するが,その間にもバイタルサインの早期警告サインに注意を払う.専任者を1名置くことが望ましい.
・バイタルサインの早期警告サインとしては,日本産婦人科医会から「PUBRAT」(図9)が提案されている.特に心拍数(100拍/分以上,または51拍/分以下),呼吸数(15回/分以下,または25回以上),意識レベル(JCS1桁を超える=刺激すると覚醒するが刺激を止めると眠り込む状態)が初期症状として重要である.
・観察項目としてはA(気道)B(呼吸)C(循環)D(意識)の確認,なかでも気道と呼吸の確認が重要である.SpO2が95%未満である場合には,気道・呼吸のいずれかに問題がある.頭部後屈あご先挙上法(図11)または経鼻エアウエイによる気道確保を行い,それでもSpO2が95%未満である場合にはバッグバルブマスクによる人工呼吸を,心肺停止が疑われる場合には胸骨圧迫を行う.妊産婦に対する気管内挿管は難易度が高いので,熟練者以外は行わないことが無難である.
・図9下端の危機的状況に至った場合には,一次施設においてはただちに高次医療機関への搬送を決定し,二次以上の施設においては救急医,集中治療医または麻酔科医などの全身管理医の応援を要請する.記録,家族への説明,連絡などが必要なので,集められるだけの人員を確保する.
・低体温は予後を悪化させるので,適切な保温も重要である.

4)産科異常出血が改善した場合の産科的管理

産科的診察・処置は,全身状態が安定してから(あるいは全身状態を管理する人員が十分に投入されてから)行うことが重要である.全身状態が安定していない間は,人的資源は全身管理に投入すべきであり,産科的診察・処置には最小限の配置とする.
産科的診療・処置に着手するのは以下の場合である.
・止血が得られた場合
・止血は得られないが全身状態が安定している場合
・全身状態を管理する十分な人員が確保された場合
 産科的診療の目的は,原因検索を行い,必要に応じた処置を行うことである.産科的診療・処置の間にも,バイタルサインとABCDの専任者を最低1名置き,この専任者には産科的診療の介助などをさせないことが望ましい.
産科異常出血の原因検索のキーワードとして「,4つのT(」TheFourTs)がある(表6).
アメリカ家庭医療学会が提案しALSOプログラムにより普及が進められているものだが,2017年に更新されたACOGPracticeBulletin#183“PostpartumHemorrhage”にも引用されるなど,広く使われている.

①Tone(弛緩出血)

 産科異常出血の70%を占めるとされる.通常は前述の子宮双手圧迫法と子宮収縮薬投与で改善する.子宮腔内バルーンが使用される場合もあるが,その使用目的は一次施設から高次施設へ搬送する際の「時間かせぎ」,または高次医療機関が自院で管理する場合に限ることが望ましい.難治性の場合には子宮型羊水塞栓症が関与している場合もあるので注意が必要である.詳細は21頁4.産科異常出血の原因と対応(1)弛緩出血を参照されたい.

②Trauma(分娩外傷)

 産科異常出血の20%を占めるとされる.子宮破裂,子宮内反,頸管裂傷,腟壁裂傷,会陰裂傷,腟・会陰血腫などが含まれる.頸管裂傷は動脈性出血のことがあるので早急な対応が必要であり,また子宮内反も早期発見が重要である.この2つ以外は,とりあえずは圧迫で止血可能なので,時間をかせぎつつ全身状態の安定化を図り,十分安定していることを確認してから産科的修復に臨む.詳細は37頁4.産科異常出血の原因と対応(3)子宮内反症および41頁(4)子宮破裂を参照されたい.

③Tissue(胎盤遺残,癒着胎盤)

 産科異常出血の10%を占めるとされる.胎盤が娩出されないまま出血が増量した場合には用手剝離法も考慮されるが,癒着胎盤などのために剝離操作で出血量が増量する可能性もある.全身状態の十分な安定化が確認できてから,用手剝離などの侵襲的処置を行うように心がけたい.詳細は28頁4.産科異常出血の原因と対応(2)前置胎盤・癒着胎盤を参照されたい.

④Thrombin(血液凝固障害)

産科異常出血の1%を占めるとされる.血液系疾患の合併や妊娠高血圧症候群関連のDIC,出血による消費性DICの他,突発するDICとして子宮型羊水塞栓症が知られている.子宮双手圧迫法を行ってもサラサラした血液が流出する場合,圧迫止血や縫合止血でも止血が得られない場合には,産科的処置にこだわらず,子宮腔内バルーンや圧迫処置のみ行いながら,ただちに輸血が可能な高次医療機関へ搬送することが望ましい.詳細は60頁4.産科異常出血の原因と対応(7)羊水塞栓症を参照されたい.

5)まとめ

 産科異常出血の初期対応では,「全身管理」と「産科的管理」を同時に行うことが重要である.マンパワーが限られている場合には,その優先順位と人員配置を誤らないように注意しなければならない.このためには,産婦人科医だけでなく看護職員を含めたスタッフ全員が「全身管理」と「産科的管理」の両方に習熟することが必要である.
 近年は後述のように各種のシミュレーション教育プログラムが行われている.J-MELSベーシックコースやPC(3ピーシーキューブ:PerinatalCriticalCareCourse)では,急変時の全身管理に重点が置かれている.ALSO(AdvancedLifeSupportinObstetrics)では産科的管理とチームコミュニケーションに重点が置かれている.またJ-MELSアドバンスコースでは高次施設での全身管理と産科的管理の双方が含まれることが特徴である.それぞれのコースの特徴を知って参加することが望ましい.