(1)弛緩出血

1 )病態

・児の娩出後,子宮筋が良好な収縮を来さないものを子宮弛緩症と呼び,このため胎盤剝離部の断裂血管および子宮静脈洞が閉鎖されなくなり大出血を来すものを弛緩出血という.
・弛緩出血(分娩後異常出血)が増悪すると産科危機的出血に至る.産科 DIC(播種性 血管内凝固症候群 Disseminated Intravascular Coagulation)を伴うと,最悪の場合 には母体死亡に至る.
・産科危機的出血では,初発症状出現から初回心停止までの時間は 3~6 時間までが 多く,30 分未満は少なかった.すなわち,30 分以内に対応を開始できるかがポイントである.
・母体死亡は救急車内,MRI/CT検査室内,検査室へのエレベーター内でも起こり得ることに注意する.
・弛緩出血のリスク因子には,初産,肥満,巨大児,双胎妊娠,羊水過多,分娩遷延,分娩促進,短時間の分娩,器械分娩(吸引分娩,鉗子分娩),妊娠高血圧症候群,臨 床的絨毛膜羊膜炎,早産などがある.

2 )検査・診断(表7)

・通常の出血量計測では真の出血量の半分程度しか推定できないとされている.
・SI値と計測出血量で循環血液量不足(出血量)を評価する.
SI値=1分間の脈拍数÷収縮期血圧(mm Hg)
・死亡例では,Thrombin(凝固障害)の比率が高くなることに注意する.
・分娩後異常出血が発症した際には,診断(原因検索)よりも,まずは初期治療を開始する(後述の「治療」を参照).
・血液検査(血算,フィブリノゲン,PT,APTT,FDP あるいはD-ダイマー,アンチトロンビン活性,AST,LDH など,測定可能な項目)を行う.
・特にフィブリノゲン値の早期からの測定は病態把握や重症度判定に重要である.測定不可能の場合,視覚的に血液が凝固しているかを確認することは重要である.
・外出血量に見合わないバイタイルサイン悪化(SI:13)治療予測は可能である.

3 )治療

・子宮双手圧迫法(図12),輸液,子宮収縮薬投与などの初期治療を開始する.
左手を腟内に,右手を子宮底部のある腹壁に,それぞれ置き,それら両手で子宮を挟み込むように圧迫する.

・子宮収縮薬はオキシトシンが第一選択である.WHOの指針では,すべての産婦において子宮収縮薬としてのオキシトシン投与が推奨され,オキシトシンが使えない場合にはエルゴメトリン注射薬またはミソプロストール内服(わが国では保険適用外)が推奨されている.
・分娩後異常出血時の症状・所見と対応(目安)を表8に示す.

・分娩後異常出血が発症した場合には,「産科危機的出血の対応プロトコール」(図13)を参考に治療にあたる.また,「産科危機的出血への対応指針2017」も参考にする.

・産後の過多出血の予防・治療に関する米国,英国,カナダ,豪州・ニュージーラン ド(NZ)の4産婦人科学会からの各ガイドラインでの推奨の概要を表9に示す.

・動脈塞栓術(IVR,図14)や子宮摘出術の適応に関する共通の特徴は認めなかった.英国では専門家との相談・助言を基に“sooner rather than later(少し早いくらい でもよいが,決して後手に回らぬように)”子宮摘出術を施行するよう推奨している.
・IVR は画像ガイド下に行う治療(血管内治療)であり,IVR に精通した放射線科の 熟練医師に依頼する.

・IVR施行時の留意点などについては,日本IVR学会編「産科危機的出血に対するIVR施行医のためのガイドライン2017.2012の部分改定」を参照する.(http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/Oce/20170518_Guideline.pdf)
・子宮腔内タンポナーデ(ガーゼパッキング法,バルーンタンポナーデ法,など)は,出血部への直接圧迫し止血させる,あるいは子宮への動静脈を内腔から圧迫するこ とによって血流途絶させるなどで止血する.
・子宮腔内ガーゼパッキングは米国で推奨されており,子宮腔内バルーンは米国,英国,カナダ,豪州・ニュージーランドの国外4学会でも推奨されている.
・バルーンタンポナーデ法は,子宮収縮薬を用いた止血方法の効果が不十分な場合に考慮する.「試験」として考え,15分後に止血が十分得られなければ,無効として次の止血法を考慮する.また,無効の場合は,子宮破裂などの裂傷と,胎盤遺残の2つを考慮する.
・BakriバルーンR(図15,シリコーン製のためラテックスアレルギーでも使用可能)は分娩後異常出血において保険適用が唯一ある(販売定価よりも保険償還額が低額であることに留意する).また,留置後の出血量モニタリングを可能にするドレナージルーメンがあるため,出血管理が簡便に行える.
・BakriバルーンRは子宮腔内に挿入し,滅菌水・生理食塩水など(最大500mL)を注入し拡張する.なお,経腟分娩後の留置の場合には,バルーンが子宮腔内から腟内へ脱出するのを防ぐため,腟内に長ガーゼなどを充填(ガーゼパッキング)する.
・メトロイリンテル(オバタメトロR,フジメトロRなど)やフォーリーカテーテルが 代替可能で止血効果は十分にあるが,止血用として保険適用がないため保険償還されない.

・輸液の際には,1晶質液(Crystaloid,生理食塩水や乳酸加リンゲル液,酢酸リン ゲルなどの細胞外液製剤,上限は2,000mLくらいまで)2人工膠質液(Colloid,5%アルブミン製剤や20%アルブミン製剤,上限は2,000~3,000mLくらいまで)を用いる.
・輸血(表10を参照)の際には,母体死亡率を低下させるためにFFPとRBCを1以上:1の比率で投与することが適当である.FFP450mL(3.75単位)投与(フィブリノゲン1gに相当)によってフィブリノゲン値が30mg/dL上昇する.
・海外ではFFPに代わってフィブリノゲン製剤の投与が行われているが,わが国では保険適用外である.FFPを大量に輸血すると輸液量過多により肺水腫を招く危険性がある.フィブリノゲン4gでフィブリノゲン値が100mg/dL上昇するとの報告もある.
・必要に応じて濃厚血小板(PC:Platelet Concentrate)を輸血する.
・産科危機的出血時のFFP投与の重要性を認識し,早期開始に努める.フィブリノゲン値が150mg/dL未満では補充を考慮する.なお,出血量が2L以上あるいは産科DICスコアが8点以上の場合には,フィブリノゲン値が200mg/dL未満で補充を考慮してもよい.

4 )予 防

・次回分娩時にも分娩後異常出血を反復しやすいことを説明する.
分娩後異常出血の再発は,過去に1回発症した産婦では15%(対照の3.0倍),過去に2回発症した産婦では27%(対照の6.1倍)と高率である.分娩後異常出血既往産婦では分娩後異常出血の再発に備えて管理する.
・分娩後異常出血の発症予測は困難であり,ローリスク妊婦からも発症するため,すべての妊娠に対して分娩第3期の注意深い観察が必要である.