1.腹壁切開

  • 症例に応じて,腹部正中縦切開(図3-a)と下腹部横切開(Pfannenstiel 切開(図3-b)が一般的である)を選択する.
  • 一般的には正中縦切開の方が児娩出までの時間が早く,術野が広い利点があるため,超緊急症例,早期早産症例,前置胎盤や子宮筋腫合併妊娠などでは正中縦切開がよいだろう.播種性血管内凝固症候群(DIC)を起こし得る常位胎盤早期剝離やHELLP 症候群などでも,正中縦切開の方が術後の腹直筋筋層内や筋膜下などの血腫形成リスクを減少できると考えられる.
  • 下腹部横切開は整容面で優れており,縦切開と比較して肉芽形成が起こりにくく,創部も目立ちにくくなりやすい特徴がある.また術後感染や創部離開率が低いとの報告もある.
  • 筆者らは予定手術時には電気メスを用いた方法で腹壁切開を行っているため,主にその方法を述べる.また,筆者らは通常患者の右側に術者が立ち,助手は左側に立って手術を行っている.

(1)縦切開

1 )皮膚切開~皮下組織の切開

  • 10~12㎝程度,コールドメスで皮膚から真皮まで切開する.最初の皮膚切開時に真皮まで十分に切開しておかないと,その後の電気メスによる皮下組織の切開時に表皮や真皮の熱損傷の要因となる.

2 )筋膜切開~腹直筋の剝離,腹膜露出

  • 筋膜の正中の白線を意識して,筋膜のみに縦切開を加える.助手がケリー鉗子などを筋膜下に挿入し切開ラインを誘導すると,筋膜のみを安全に切開できる.
  • 尾側に進むと錐体筋を認めるが,可能なら処理せずに温存する方が術後の腹直筋筋力低下がないとされている.

3 )腹膜切開

  • 術者・助手ともに左右から有鉤鑷子で腹膜を把持し,腸管が直下に付着していないことを十分に確認する.小切開が腹腔内に達したら,用指的に腹膜と腸管・大網の癒着がないことを確認した後,術者・助手ともに腹膜下に指を挿入して臓器との距離を十分に保った上で,上下方向に電気メスで切開を延長する.
  • 尾側に切開を延長する際には,膀胱損傷に十分に注意する必要があり,腹腔側から腹膜を透見するなどしながら慎重に切開を進める必要がある.
  • 既往帝王切開症例などで膀胱が頭側へ挙上しているような症例では膀胱の輪郭を確認し,これを左右どちらかに避けて切開ラインを設定していくと安全に切開がしやすい.分かりにくい場合は,膀胱内に空気や生理食塩水を注入すると,その輪郭が確認できる.
  • 十分に腹膜切開ができたら,開創器をかけて十分に術野が確保できているか確認する.従来の金属製開創器の替わりにプラスチック製のリング状開創器を用いることでSSI を減少させることができるという報告もあるが,エビデンスは確立していない.
  • 緊急時は腹膜切開の後に,両示指を腹膜切開部直下に挿入して用手的に左右に延長するような方法で展開することで,抵抗の強い部分(膀胱)を避けて創拡大することも可能である.

(2)横切開(Pfannenstiel 切開)

1 )皮膚切開~皮下組織の切開

  • 恥骨上2横指で約10~15㎝,皮膚割線に沿う形で,やや上方に凹にカーブを描くような横切開を行う.
  • 皮下組織の切開を左右に鋭的に延長していくと左右の浅腹壁静脈(図4-a)を切断して出血を認めることがある.中央部を鋭的に切開した後に左右の切開創辺縁は鈍的に(用手的もしくは筋鉤などで圧排して)皮下組織を剝離することで,上記血管を温存する方法もある(図4-b).

2 )筋膜切開~腹直筋の剝離,腹膜露出

  • 筋膜のみに電気メスで横切開を加える.この際に助手がケリー鉗子などを筋膜下に挿入し切開ラインを誘導すると筋膜のみの切開が行いやすい.
  • 左右に十分に切開したら,コッヘルで把持した筋膜を牽引し,用指的に,頭側へ白線に沿うように筋膜を筋層から剝離する.筋膜から筋層に流入する穿通血管がしばしば認められるが,この穿通血管を盲目的に切断して止血が不十分だと術後血腫を形成する原因となることがある.
  • 尾側へも同様に恥骨上縁まで剝離を行う.これらの操作で腹直筋が露出されるが,左右の腹直筋の癒合を分離する必要がある.帝王切開2回目以降で癒着がある場合や腹直筋が発達している症例では,中央の結合組織を電気メスで切開していくと腹直筋を分離しやすい.

3 )腹膜切開

  • 縦切開と比べて尾側での腹膜切開となるため,膀胱損傷に十分に注意する必要がある(67 頁 図41 参照).
  • 腹膜を切開後に十分に術野が確保できない場合には,腹直筋を横方向に切断するMaylard 術式(図5-a)や,腹直筋筋膜を白線上で縦切開するKüstner 切開(図5-b)により術野を広げることが可能である.Maylard 術式を行った場合は,閉腹時に切断した腹直筋を3-0 吸収糸などで縫合修復することが望ましい.

 

コ ラ ム

Joel-Cohen 法の実際と利点・課題(74 頁 図44 も参照)

 わが国でも日常的に行っている施設が増えている.Pfannenstiel 切開より頭側で,左右上前腸骨棘を結んだラインの下方3㎝を10~15㎝程度一直線に横切開する(図6).
 皮膚切開後,そのまま筋膜中央部(3~4㎝程度)までコールドメスで切開し,その後は用手的に筋膜を左右に裂く「Joel-Cohen 変法」も報告されている.腹直筋の分離,さらに腹膜も用手的に穿破できれば,最初のメスでの切開以外,すべての開腹操作を用手的な鈍的操作のみでかつ迅速に進めることが可能である.スムーズに施行できれば児の娩出まで1~2分であり,緊急帝王切開時に適した手技といえる.縦切開と比較しても児娩出までの時間が有意に短かったとする報告もある.
 横切開であるが皮膚割線に沿っておらず位置もやや頭側であることから,整容面でPfannenstiel 切開に劣ると捉える見方はあるが,Pfannenstiel 切開と比べて手術時間の短縮・術中出血量の減少・術後疼痛の軽減・術後発熱の減少・入院期間の短縮などのメリットが報告されている.ただし反復帝王切開の症例などでは困難な場合もある.
 比較的新しい方法であることから,術後の癒着などの長期予後に関してのエビデンスは明らかではなく,さらなる症例の蓄積と検討が必要であるとされている.