1.心疾患

ポイント

  • 心疾患の基本的な症状は,動悸,息切れ,浮腫,疲労感,頭痛など,非特異的である.
  • 心疾患患者が事前に評価をされないまま妊娠した場合は,血液検査,心エコー,胸部X線写真,心電図などにより,できるだけ早く状態を評価する.心疾患の多くは,同じ疾患名でも重症度の幅は大きく,対応は決まらない.
  • 「妊娠の際に厳重な注意を要する,あるいは妊娠を避けることが強く望まれる心疾患」として,表2の疾患が挙げられる.

症例

 36歳2妊1産,既往帝王切開.心疾患はこれまで指摘されておらず,前回妊娠経過は順調であった.自然妊娠で,妊娠中期より動悸・息切れが出現し,36週の健診時では安静でも脈拍数105回/分であった.心不全徴候はなかったが,精査したところ大動脈二尖弁・大動脈弁狭窄症と判明し,大動脈弁最大血流速度4.3m/秒,大動脈弁圧較差75mmHg,開口部1.3mm2と重度で,循環器科,麻酔科などとの合同カンファレンスを行い,翌日には帝王切開を行うこととし,脊椎・硬膜外麻酔,非観血的・観血的血圧,中心静脈圧,経皮的酸素飽和度をモニターした.術中は脈拍90回/分,血圧100/70前後で推移し無事に手術を終了した.

解説

  • 心疾患にも様々なものがあり,不整脈,弁疾患,周産期心筋症,成人先天性心疾患など多彩である.
  • 妊娠は女性の一生の中でも循環器系が最もダイナミックに変化する.妊娠期の心血管への負荷の増大から,これまで指摘されなかった心疾患が見つかったり,もともとの心疾患について普段以上のフォローアップが必要とされたりする.
  • まず,疾患について十分把握するための丁寧な問診が不可欠である.成人先天性心疾患の場合「根治した」と説明されていることも少なくなく,また成人して初めて診断されることもある.
  • 心疾患の基本的な症状は,動悸,息切れ,浮腫,疲労感,頭痛など,妊娠中の「不定愁訴」とすらいわれるような,非特異的なものである.
  • 普段は医療機関を受診する機会がない女性でも,妊娠中は妊婦健診のため定期的に病院を受診し,毎回,体重・血圧・脈拍数の測定や浮腫の有無が確認されている.前述不定愁訴や循環器系に異常所見を認めた場合には,循環器疾患の存在も念頭に入れて,専門医に相談する.一次施設では,精密検査の施行や専門医へのコンサルトが必要な場合,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.
  • 『心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン(日本循環器学会/日本産科婦人科学会合同ガイドライン2018年改訂版)』1)にもあるように,リスク評価法として,modifiedWHOリスクスコア(表1)をはじめとして,CARPREGⅡスコア,ZAHARAスコアなどが知られているが,これらはあくまでもリスクの高さを示すだけで,疾患名や検査値のみによって妊娠継続が可能/不可能と分類するわけではない.同じ疾患でも重症度の幅は大きく,疾患名のみで対応は決まらない.他方で,ガイドラインに挙げられた「妊娠の際に厳重な注意を要する,あるいは妊娠を避けることが強く望まれる心疾患」(表2)では,妊娠に対する母体循環の許容範囲は極めて狭いことが知られている.
  • 評価は妊娠前に行われるのが理想的だが,直近の評価がないまま妊娠するケースも少なくない.その場合にも,できるだけ早く一度評価し,ここでまず,そもそも妊娠に耐え得る状況かどうかを確認することが重要である.血液検査,心エコー,胸部X線写真,心電図は,胎児に弊害はない.MRIも造影剤を用いなければ明らかな影響は知られていない.CTやアンギオグラフィーは撮影方法の工夫により,胎児への被曝量が必要最小限となり,造影剤使用も許容される.
  • 循環器科医も,皆が妊娠中の評価や妊娠継続の可否のための評価に慣れているわけでなく,そういう場合に得てして「やめておいた方が…」という回答になりがちである.しかし,「疾患が今後どう改善したら妊娠はより安全となる」といった説明が,意思決定の助けとなる.
  • 妊娠が進み循環血漿量が増え,脈拍数が上昇し,心血管負荷は増大するが,許容できるところまで妊娠継続が可能となる.投薬も,β遮断薬のように,添付文書上に『妊婦は禁忌』とされていながら,事実上安全に用いることができる薬剤は少なくない.一方でACE阻害薬,アンギオテンシン受容体拮抗薬など,妊娠中避けるべき薬剤は存在する.絶えず,情報をアップデートしたいところである.妊娠終結=分娩には,初期の流産手術,経腟分娩,帝王切開など様々な様式があるが,帝王切開がより安全な分娩法というわけではない.

  • 産婦人科医は,妊娠した女性にとって最も身近な存在である.日々の症状の変化,胎児や授乳への薬剤投与や画像検査などの影響,胎児の心疾患など,産婦人科医であればこそ循環器科医よりも得られる情報はたくさんある.循環器科と産婦人科との間で日ごろから両者で情報を摺り合わせることのできる環境があれば,患者にとってこれほど心強いものはない.

文献

  • 1)日本循環器学会/日本産科婦人科学会合同ガイドライン.心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン(2018年改訂版).2019年3月