1 )はじめに
本項目は既に HRT の適応があると診断後であることを前提とし,『HRT ガイドライン 2017 年度版』と他の関連する研究結果に基づく記載である.
図9 1, 2) に HRT 処方の基本方針を示すが,適切な治療方法を選択するための指針にすぎない.すべての女性は一人ひとり異なり,治療は個別化され行われるべきであることに留意する.また,同一対象においても異なる薬剤や投与ルートにより反応性に違いが存在する.
子宮を有する女性にホルモン補充療法を行う際には,必ずエストロゲン製剤に黄体ホルモン製剤を併用する.
HRT を開始する際に,乳がんリスクを含めた有害事象の説明は必須である(日本産婦人科医会報シリーズ医事紛争:令和5年5月1日第 75 巻5号 No.863 参照).
表8 に HRT に使用する主なエストロゲン製剤の種類と量を示した.低用量のエストラーナ®(0.36mg以下)には更年期障害に対する適用がない.肥満,加齢,脂質異常症,高血圧,糖尿病,慢性炎症性疾患,片頭痛などの血栓症リスクや胆囊・肝臓疾患が存在する場合,経皮吸収エストラジオール製剤が第一選択となる.
表9 に HRT に使用する主な黄体ホルモン製剤の種類と量を示した.エフメノ®以外の製剤に保険適用となる更年期障害にかかわる直接的な病名はない.黄体ホルモン製剤は種類により,子宮内膜保護作用の強弱,乳がんリスク高低が異なる.
表 10 に生殖器・泌尿器症状に対する HRT で使用する局所療法の製剤を示した.
以下,図9のフローチャートの左側のレーンから順に右に向かって解説する.
2 )生殖器・泌尿器症状のみの場合
エストロゲン腟用剤を用いた局所治療を行う.
総称として,GSM(genitourinary syndrome of menopause)というが,外陰部,腟,尿道,および膀胱に関する変化を含む.具体的な症状には,腟の乾燥・腟の萎縮を起因とする症状として,少量の出血である茶褐色帯下や,感染性帯下,性交痛,痛みや灼熱感など,外陰部の乾燥・萎縮による症状として,物理的刺激での痛み,性交痛など,泌尿器症状として,頻尿,繰り返す膀胱炎などがある.
製剤については表 10 を参照.
投与方法は,エストリオール腟錠 0.5mgを2~3週間は連日,その後は維持療法として週に2回腟内投与する方法が一般的である.
エストロゲン局所療法では黄体ホルモンの併用は必要ないとされているが,子宮内膜の安全性を1年間以上確認した臨床試験データは不足している 3).
腟内挿入に際しエストロゲン腟錠は腟の奥 1/3 部分ではなく,腟の下方 1/3 に挿入するとことが推奨されている 3).泌尿生殖器症状は改善でき,循環血液内へのエストロゲン吸収が抑えられるからで,挿入困難な患者にあっては朗報であろう.
必要があれば全身性の HRT に併用できる.
3 )ホットフラッシュ・異常発汗など全身症状があり,子宮があり,まだ閉経が診断・確定されていない周閉経期の場合
周期的併用投与法が適している.
閉経確認前では卵巣からのホルモン分泌がまだあるので,持続的併用投与法では異常出血が多くなってしまう.
予測不能な異常出血よりも予定どおりの周期的な消退出血を望む場合も周期的併用投与法がよい.
図 10 に周期的併用投与法における黄体ホルモン製剤の用量・用法を示した.天然型黄体ホルモン製剤(MP)のエフメノ®は保険適用があるため投与方法が厳格に定められている.
4 )全身症状があり,子宮があり,閉経確認後の場合
周期的な消退出血を望まない場合,持続的併用投与法が適している.
処方のメリットは無月経となることであるが,40~60%の患者は最初の半年間に破綻出血を経験し,1年後には 10~20%に減少する.開始当初は多くの方が異常出血を経験するが経過とともになくなるという患者教育・患者サポートが重要である.
用法が常に同じなので間違いが少ない.薬剤を忘れると消退出血が誘発される.
子宮内膜の保護作用が周期的投与法に比べ強いので,子宮内膜細胞診など侵襲的な内膜評価が困難な症例では本法の方が安全といえる.
図 11 に持続的併用投与法における黄体ホルモン製剤の用量・用法を示した.経口エストラジオ-ル・レボノルゲストレル配合錠(ウェールナラ®配合錠)の保険適用は「閉経後骨粗鬆症」のみのため記載していない.
5 )全身症状があり,子宮摘出後の場合
エストロゲン単独補充療法(表 8 参照)を選択する.
欧州生殖医学会(ESHRE)では,子宮内膜症にて子宮摘出を行った患者の HRT について,黄体ホルモン製剤併用の必要性について言及している 4) .子宮内膜症の再燃・再活性化リスクと残存内膜症性病巣の悪性転化リスクを念頭に置いての検討されるべき内容としての意見であるが,併用により乳がんリスクや血栓症リスクを増加させるだけの結果にもなりかねない.
6 )長期に及ぶ HRT
長期に及ぶ場合は患者の高齢化・健康度の低下から心血管系疾患の発現が懸念され,乳がんリスクは5年以上で長期になるほど上昇する.
HRT が3年から5年に及んだ場合,減量を試み,更なる継続が必要な場合は最少有効量を用いることが推奨される 5) .
低用量化を行う時は秋から冬にかけて行う方がホットフラッシュや発汗など再燃しづらい.実際に低用量化で更年期障害が再燃する例は少なく,再燃しても数カ月で慣れてしまうことが多い.
黄体ホルモンの低用量化も可能な場合,長期処方の最大の懸案である乳がんリスクは減少し,リスク&ベネフィット比が維持される.しかし,低用量の黄体ホルモンにおける内膜保護作用はエビデンスに欠けている.
7 )乳がんリスク
最新の浸潤性乳がんのリスク因子(相対リスク:1.1~2.0 のもの)を表 11 に示す 6) .
HRT の長期投与は,相対リスク 1.1~2.0(有意だが軽度)のリスク因子とされ,アルコール摂取,運動不足,出産経験なし,授乳経験なしなどと同じカテゴリーに分類される.
HRT における乳がんリスクは主に黄体ホルモン製剤によるが,早い初経,遅い閉経,閉経後の肥満など,生涯エストロゲン曝露期間が明らかに影響し,わずかではあるもののエストロゲンも癌発育促進因子であることは否めない.
8 )HRT はいつまで続けるべきか? 期間の目安はあるか?
HRT の継続を制限する一律の年齢や投与期間はないとする考えが世界的な統一し
た見解である.
更年期障害が 10 年以上に及ぶ患者は存在し,ある任意の年齢を基準とした終了規
定は臨床的に適切ではない 3) .
継続・終了におけるポイントは,1は患者の健康状態,顕在 / 潜在を含めた疾患の
評価,2担当医師によるリスク低減策の実行,3患者の意志・希望の3つである.
実臨床では,中断して本当の必要性を問うことも行う.
近年は職を辞する 65 歳まで継続を希望する患者が増えている.
参考書籍
ホルモン補充療法ガイドライン 2017 年度版 編集 / 監修.日本産科婦人科学会・日本女性医学学会
文献