(2)女性患者のQOL を高める医療

1)乳房オンコプラスティックサージャリー(OPBS:oncoplastic breast surgery) (園尾博司・野村長久)

はじめに

 Oncoplastic surgery はonco(腫瘍)とplastic surgery(形成外科)の造語であり,日本では“ オンコプラスティックサージャリー” の用語で使われている.OPBS は,乳房温存術の根治性を保ちながら整容性を保つために,周囲組織を欠損部に充填し,乳房温存術による変形を整える手術で,乳房温存の適応を広げ,同時に整容性を保つことを目的としたoncoplastic breast-conserving surgery として登場したが,現在では,乳癌の根治性を確保しつつ整容性を維持するための形成外科的手術手技全般を指す用語となっている.

乳房の手術術式の選択

○皮膚側への浸潤がなく,乳頭への進展がない早期乳癌の場合,乳頭乳輪温存乳房切除術(NSM;nipple sparing mastectomy)を行っている.この術式は,創部が目立たなく,乳頭乳輪が温存できる利点があるが,時に乳頭壊死が起こることがある(図42).
○皮膚への浸潤や乳頭への進展が疑われる場合は腫瘤直上の皮膚と乳頭乳輪を合併切除する.この術式はのちに乳頭形成が必要となる(図43).

OPBS の手技および合併症

①乳房温存術による欠損部充填法

 乳房温存術による欠損部への組織充填を行う方法に2 つある.1 つは乳房ボリュームを維持するために周囲からの脂肪弁,脂肪筋膜弁,広背筋弁など何らかの組織を充填し,変形を目立たなくする方法であり,もう1 つは残存組織で乳房の形状を作り直す方法である.

②乳房再建術

a.自家組織およびインプラントによる再建
 乳房再建術に用いる再建材料は,広背筋皮弁,腹直筋皮弁などの自家組織を用いる場合と,人工乳房(インプラント)を用いる場合がある.人工乳房再建に使用するシリコンインプラントは,2013 年7 月に保険適用として認められた.乳房インプラントはラウンドタイプ(椀型)とアナトミカルタイプ(しずく型)の2 種類があり,乳房の形状に応じて使い分ける.
b.一次・二次再建および一期・二期再建
 再建時期については,乳房切除と同時に再建する一次再建と,乳房切除後時間が経ってから再建する二次再建がある.また,皮膚進展を行わず,直接インプラントや自家組織を用いて再建することを一期再建といい,まず組織拡張器(ティッシュエクスパンダー)を用いて皮膚を進展させてから後日再建する方法を二期再建という.実際には,乳房切除と同時に大胸筋の裏面に組織拡張器を挿入し,生理食塩水を注入し,徐々に皮膚を進展させてから,約6 カ月後にインプラントや自家組織(広背筋脂肪弁など)を用いて再建することが多い(一次二期再建).一方,乳房切除と同時に直接インプラントや自家組織を用いて再建する術式もある(一次一期再建).
c.インプラント再建の術後合併症
 インプラント再建の合併症には,①術後出血,②感染,③創壊死・創離開,④創部違和感・疼痛などがある.その頻度は,術後出血9 . 7 %,感染7 . 6%,創壊死・創離開9 . 7%と報告されており,少ないとはいえない.これらの合併症を十分に説明し,同意が必要であり細心の注意の下で施行する必要がある.

おわりに

 乳房温存術の施行頻度は徐々に増加してきたが,最近になり約60%で頭打ちになっている(図44).これは,OPBS の普及により乳房形状を損なう無理な乳房温存術が減少し,乳房再建が増加したためである.インプラントの保険収載により,乳癌患者の乳房喪失感や経済的な不安も改善され,今後さらにOPBS は普及するものと考えられる.また,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ遺伝性乳癌患者が乳癌患者の20 人に1 人存在するため,将来は予防的乳房切除術が増加するものと考えられる.

2)3D 臓器プリンター人工乳房作製の応用と未来(池山紀之)

現在行っている乳癌用人工乳房の製作方法

 わが国において,乳癌の発生患者数は毎年7 万人以上となり,女性の12 人に1 人乳癌になるといわれ,また世界中では毎年約200 万人が乳癌になっていると報告され,多くの女性が胸を失って悲しい思いをしている.
 弊社の作製する人工乳房はシリコン製でまったくの贋物の乳房であるが,見た目は本物そっくりに作製し,一見作り物であることが分からない物を2005 年から提供している.その製作方法は図45 および写真1・2・3 で示すようにすべて手作業で行い,通常カウンセリングから納品まで2~3 カ月を要する大変手間がかかる作業である.

なぜ3D プリンターの応用が必要なのか?

○乳癌患者用人工乳房の製作に3 D プリンターが必要なのかを提起する.
①製作作業時,患者が上半身裸になり,型取りなど直接体に触れることを失くしたい.
②患者が裸になっている時間を可能な限り短縮したい.
③製作時間(カウンセリングから納品まで)を短縮したい.
④遠隔地に直接行かずに,可能な限り作業をしたい(患者の希望により日本全国出張をしているため).
⑤製作ノウハウを守りたい(知的財産保護のため・海外進出を開始したため).
 以上5 点を少しでも実現することができれば,世界中の多くの方へ,安価で提供することが可能になると考え,2012 年から3 D プリンターの応用研究を始め,現時点での成果および問題点,未来への可能性をまとめる.

3D プリンターの応用(現時点での応用方法・研究目標)

3D データの取り方

① 3 D スキャナーを使用せず,安価で通常のデジカメ撮影での3 D データ化を平成24年度戦略的基盤技術高度化支援事業として採択を受け,中京大学・興膳教授および株式会社3 DG デザイン研究所と共同研究を行い実現可能となった.
 しかし細かな問題点が多く発生し現在補完研究を行っている.また,現在スマートフォン撮影の3 D データ化も可能となり,今後の可能性が大いに見込めるようになった(図46).

② 3 D 点群スキャナーを使用
 問題なくデータとしてはとれるが,あまりハンディでなく,高価であることと使用方法がやや複雑などのマイナス要素がある.
 いずれの撮影方法も大きな問題点がある.それは乳房という特殊性から下垂した乳房の下垂部分は,デジカメ方法もスキャナー方法も影となり,データ化が不可能である.
○そこで,我々は過去の患者のデータをパターン化してコンピューター上で補正する方法を確立させた.
○ 3 D データとしてはいずれも使用は可能であるが,影の部分の補正を含め今後より簡便で安価なソフトとハードの開発が待たれる.

3D プリンターによる人工乳房作製方法

①直接使用可能な人工乳房を3 D プリンターで作製する.
 この方法は理想であるが,人の肌のようにやわらかく,体に直接触れていても異外作用がなく,重さを変えられ長期間の使用に耐えられる材料での3 D プリンターがまだできていない.この条件を満たす材料での3 D プリンターができれば,飛躍的に需要が増えると予想できる.
②乳房製作のための型を3 D プリンターで作る.
○石膏で作っていた人工乳房の製作のための型を3 D プリンターの樹脂で作製(写真5)
○粘土で作っていたモデリングを3 D プリンターで作り,それを基に従来どおり石膏で型を作製(写真6)

 いずれの方法も人工乳房製作は,現時点では従来の製品に比べやや劣るが,十分に可能であることが分かった.

将来への展望

 私どもが人工乳房製作に3 D プリンターを応用した研究を始めて6 年目を迎えた.この6 年の間に3 D データのスキャニングやデータ加工のソフトも急速に発展し,3 D プリンター自体の性能もコストパフォーマンスも飛躍的に向上してきた.
 残念ながら現時点では人工乳房を直接製造することは,素材的な問題点やランニングコストに関することなど,未だ解決できていない技術的問題点もあるが,近い将来必ず解決すると確信している.
 世界中から写真データを送ってもらうだけで人工乳房の作製ができ,最終仕上げとしてのハンドメイドによる繊細な色づけにより人工物に命を吹き込み,温かみのある乳房を人工から生きた胸へと仕上げることが可能となる未来がすぐそこまで来ていることは事実である.
 ただ,どんなに技術進化があっても,我々が人工乳房を提供するということは,いわば心の傷の埋め合わせという物理的な問題ではない叙情的な問題のための作業を最も大切に思い,人工乳房を製作しなければならないということである.

未来に向けて

 私どもが作る人工乳房は,シリコンという珪素からできた高分子化合物ではあるが,1 つひとつすべて手作業で真心を込め,命を吹き込み,患者様の今後の人生をどのように生き,どのように楽しみたいかをよく話し合い,その方の体の一部となって生きるモノを製作している.
 また,医療に従事する者は,いつでも,例えば3 D プリンターなどまったく新しい技術を使い,今までの技術や方法を否定することはとても大切なことであるが,命を創るハートはいつもいつももって製作することが最も大切なことであると考える.
 世界中の乳癌で悲しむ女性に笑顔を取り戻してほしい.そう願い進歩していきたいと思う.