(4)母体腹壁誘導胎児心電図(木村芳孝)

はじめに

 胎児心電図装置の胎児心拍数モニタリングとしての薬事認可が下り,新たに登場する母体腹壁誘導胎児心電図に対する期待が高まっている.周産期医療の未来を,母体腹壁誘導胎児心電図装置の開発意義を通して紹介する.

母体腹壁誘導胎児心電図装置とは

 母体腹壁誘導胎児心電図装置とは,母体の腹壁に電極を張り,胎児の心臓で発生する電位を計測する装置である.検査の際には特殊な環境は必要とせず,ベッドサイドでリアルタイムに胎児の状態を非侵襲的にモニタリングすることができる(図26).

計測方法

①外来もしくは病棟のベッドにノイズカットシートを敷き,被験者に仰臥位もしくはセミファーラー位で横になってもらう.
②胎児心電図の電極シールを被験者の腹部,右鎖骨下,腰部に計13 カ所貼付する.同時に分娩監視装置のトランスデューサーを装着する.
③安静の上,約20 分間計測を行う.
 計測データ,およびon line での解析結果がノートパソコンの画面に表示されるため,その場で胎児心電図の評価を行うことが可能である.計測の際には,母体の緊張や体動による筋電図の混入を防ぐために,ゆったりとしたベッド上で安静を保つことができる状態での測定が望ましい.

母体腹壁誘導胎児心電図の臨床応用

①胎児不整脈の診断

 診断可能症例は上室性期外収縮(PAC)(図27),心室性期外収縮(PVC)(図28).QT 延長症候群(図29)である.この他にエブスタイン奇形などの心奇形についてはQRS 波形の変形や間隔の延長について評価することができる.

②高精度の胎児心拍数モニタリング

 現行のドップラー法による胎児心拍数モニタリングでは,技術的に5bpm 以下の心拍数細変動の評価は困難であり,胎児アシドーシスの判断についての偽陽性率が高いことが問題となっている.また,妊娠中期では心拍数細変動の振幅がより小さく,計測そのものが困難である.一方,胎児心電図では1bpm 以下の心拍数細変動も正確にとらえることができる.多施設試験で得られた60 例の胎児心電図の解析によると,胎児心電図による胎児心拍数モニタリングは,現行のドップラー法による胎児心拍数モニタリングよりも高精度に分娩時の臍帯動脈血pH を推測できることが示されている.また,胎児心電図は,心拍数細変動の振幅が小さい妊娠中期の胎児の状態も詳細に評価できる可能性がある(図30).

母体腹壁誘導胎児心電図装置の実際

 現在製品化されている装置として,日本ではアトムメディカル(株)のアイリスモニタ,米国GE 社のMonica がある.表8 に現時点(2017 年4 月)での,それぞれの装置の精度と特徴を示す.開発中のものとして(株)クラウドセンス社のC システム(仮称)がある.

今後の展開

 新たな装置開発競争が加速している.カナダでは,胎児心電図から得られる心拍数細変動データを人工知能により分析する研究が進められている.人工知能による心拍数細変動の解析は,胎児の状態変化を詳細に評価できる可能性がある.人工知能による質の高い分析のシステムの構築には,高いレベルでのデータベースの構築が必要である.我々も3 年前から胎児心電図研究会を通じて,全国の周産期基幹病院を含めた多施設共同研究で国際規格に基づいた高品質のデータベース作成を進めている.今後,胎児心電図研究会を中心として解析サポート,標準値作成,診断補助,計測支援,最新情報発信などを展開していく予定である.

終わりに

 母体腹壁誘導胎児心電図は,胎児不整脈に対しより簡便で正確な検査方法の1つとなり得る.また,分娩中の胎児の状態変化を,現行のドップラー法による胎児心拍モニタリング法より優れた精度で評価することが可能である.さらに,これまで胎児心拍数細変動での評価が困難であった妊娠24 週以降の胎児の状態を評価するために有用な検査法となる可能性がある.母体腹壁誘導胎児心電図の解析結果の臨床応用,本邦におけるビッグデータの解析によるデータベース作成,そして人工知能による解析支援がこれからの周産期医療の近未来を開く重要なカギの1 つになるよう開発を進めたい.