3.知ってないと恥ずかしいHRT処方時の注意と頻繁に遭遇する御法度

日本人はホルモン剤が大嫌い!と言われつつも、今日も先生方の外来には多くのHRT処方の患者さんがやってきます。

注意:女性ホルモン補充療法(HRT)は、医師による適切な管理下で処方している限り安全性の高い治療法といえます
更年期障害の症状と経過は様々であり、自然軽快することも多く、薬局の漢方薬やエクオール製剤等によるセルフメディケーションで改善するなら、それにこしたことはございません。ちなみに、プラセンタ製剤の一部は医薬品ですが、HRTには属さない生物製剤でありますので、効果や副作用リスクの安全面等の評価において関連学会が認めているとはいえず、個人的にはお勧めできません。加えて、エクオール製剤は医薬品ではありませんので、大規模臨床試験や長期使用による安全性のデータは存在しません。よって、誰もが食品として漫然と摂取を継続していても問題がないとまでは現在のところいえません。
また、全ての更年期女性がHRTの恩恵を受けるわけではないことも、既に大規模臨床試験の結果から判明しています(JAMA 288:321-333, 2002)。すなわち、処方対象を吟味しないとHRTのデメリットの部分がクローズアップされてトラブルの原因となりますので、下記表の客観的な解釈を自分なりの言葉で個々の患者さんの状況に応じて説明できることが望まれます。

表 ホルモン補充療法の影響(女性医学ガイドブック更年期医療編 WHIとはどのような研究か?より引用)

発生数(100人年あたり発生率)とハザード比[95%信頼区間]

また、一般的な傾向として、大病院よりも美容や疾病予防目的の自費診療も含めて専門のクリニック等でHRTを行っている場合の方が、経営上の理由からも定期的な検診を行う等、しっかりとした管理下で処方されていることが多いので、比較的安心です。
それでは一体何が実際問題かについてズバリ言いますと、問題は手術や分娩等で忙しい一般産婦人科外来では、全ての医師がHRTを熟知しているとはいえず、HRTに興味の少ない先生が、患者さんの言いなりで「仕方なく、漫然と」HRT製剤を反復処方している場合です。すなわち、医師不足または流行っていて外来が混雑している施設ほど、十分な管理が行われずにHRT処方がされている傾向にあります。くれぐれも無診察処方に限りなく近い「薬の出しっぱなし」だけは慎んで、ホルモン補充療法ガイドラインの「3.HRTの実際 5)HRT前・中・後の管理法は?」を参照しましょう。具体的なNG例を挙げてみます。

御法度1:子宮を有する患者さんに黄体ホルモン製剤を併用処方していない
副作用低減目的もあり、最近ではOC/LEP製剤だけでなくHRTの低用量化が広まっている印象を受けます。しかし、必要な併用処方を省略して本末転倒とするのはダメで、処方医として、HRTの正確な知識が要求されます。当たり前のようですが、具体的に以下のような御法度処方が珍しくありません。
・E3(エストリオール)経口製剤のみを長期処方する
E3はホルモン活性が低いといっても、経口製剤のみを長期処方すれば子宮内膜肥厚をきたし、子宮内膜増殖症や癌のリスクが高まるのは明らかです(Lancet 353:1824-1828, 1999)。
・E2外用(ジェル、クリーム)製剤のみを処方する
市販医薬品であるディビゲルやル・エストロジェルの塗布剤だけでなく、院内調整製剤として「オバホルモン」等の名前で現在も処方されているケースがみられます。
・注射製剤のみを継続する
女性ホルモン注射製剤(ボセルモン、プリモジアン、ダイホルモンデポー)には、エストロゲンだけでなく、テストステロンも含まれており、複数のホルモン成分が入っていることから、黄体ホルモンも含まれていると誤解しがちです。また、診断目的で初回のみ注射処方したつもりでも、テストステロンの作用による症状改善効果により一定数の患者さんが、注射製剤によるHRT継続を希望します。このような場合、面倒で患者さんに嫌がられても、黄体ホルモン製剤を併用することの意義をきちんと説明して併用処方すべきでしょう。
なかには、黄体ホルモン製剤の全身性副作用を回避してでもHRTを強く希望されることもあります。実際にHRT目的で子宮全摘の紹介を頂いたこともありますが、そのケースでは、手術を行わずに自費でミレーナを挿入しました。黄体ホルモン製剤併用の意義を十分に理解し説明することが患者さんに納得いただく最大の武器となります。

子宮を有する患者さんのHRTで黄体ホルモン製剤を併用処方しなくても問題のないとされる場合は2つだけです。
・E3(エストリオール)経腟製剤
➡経腟製剤で子宮内膜肥厚をきたす報告はされていませんが、長期に連日使用する場合には、年に1回くらいは経腟エコーでチェックすることをお勧めします。
・TSEC(Tissue Selective Estrogen Complex)
 ➡国内ではエストロゲン製剤に加えてSERM製剤のビビアント®を併用する場合となりますが、保険病名をつけて一般診療で広く用いるのは時期尚早と考えます。ちなみに併用する黄体ホルモン製剤の保険適用として「機能性子宮出血」等の保険病名が必要な地域もあります。

御法度2:子宮のない患者さんに黄体ホルモン製剤を併用処方しない
加齢によって様々なホルモン分泌が減少しますので、例えば潜在性甲状腺機能低下症に甲状腺ホルモン補充や自由診療で成長ホルモン補充をする治療法はございますが、黄体ホルモン補充による効用(弊害は多い)は認知されていません。
よって、子宮内膜癌発症リスクを有しない子宮摘出後の患者さんに、黄体ホルモンを投与することは全くの無駄です。しかし、いい加減な問診のみで処方(特にメノエイドコンビパッチ®を他診療科で開始されている子宮全摘既往例が散見されます)を開始されている例が後をたちません。他診療科で処方を開始する場合には、開始前後はもちろんのこと、定期的な産婦人科受診を勧めてください。

御法度3:自分の担当患者でないからといって、安易にDO処方をしない(経過をチェックし問診する)
病院の電子カルテで、単に診察記事と処方内容がコピペされているのを、HRTに限らず頻繁に遭遇します。コピペが悪いのではなく、自分の担当患者でなくても経過をチェックし問診を行い、必要であれば検査等を勧めて、その結果をカルテに記載しておくべきでしょう。
実際、HRT中に乳がんが見つかって、「定期的に乳房検診を受ける指示の説明がなかった!」とクレームがついた場合、最初に処方した担当医師よりも直近にDO処方した医師に責任がふりかかる傾向にあります。気をつけましょう。