15.妊娠中の摂食障害によるビタミンK欠乏とそれに併発する胎児の頭蓋内出血について

メッセージ:摂食が十分にできない妊婦にはビタミンKの補充を考慮する

概要
妊娠悪阻に伴う摂食障害のみではなく、妊娠後期にも食事摂取困難となる妊婦がいる。このような妊婦がビタミンK欠乏症となり、母体の血液検査上の凝固系検査に異常が明らかではない症例でも、ビタミンKの胎盤移行性が低いことから、胎児ではより重症のビタミンK欠乏症となることが知られている。このようなビタミンK欠乏症と考えられる胎児に頭蓋内出血を起こした症例報告が散見されることから、妊娠中の重症で、長期にわたる摂食障害にはWernicke脳症の発症予防にビタミンB1を投与すると同様に、ビタミンKを投与することが推奨される。

ビタミンKとは?
ビタミンK1(フィロキノン)は緑色野菜に広く含まれる。食物中の脂肪によって吸収が高まり、健康な成人において食事によってビタミンK欠乏症になることは通常はない。一方、ビタミンK2は腸管内の細菌により合成される化合物群(メナキノン)であるが、その合成量だけではビタミンKの必要量は産生されない。
ビタミンKは肝臓における凝固第II(プロトロンビン),VII,IX,X因子の生成を制御している。プロテインC,プロテインSはビタミンKに依存する凝固因子である。ビタミンK欠乏症により,プロトロンビンおよび他のビタミンK依存性凝固因子の濃度が低下して,凝血障害が生じ,出血する可能性がある。

ビタミンK欠乏症は新生児に多い!
ビタミンK欠乏症は新生児・乳児の疾患であり、その死亡原因として重要である。ビタミンK欠乏症により,通常、出生後1~7日の新生児に出血性疾患が起こる。罹患した新生児では,分娩外傷により頭蓋内出血が起こることもある。生後約2~12週の乳児におこる遅発型は、典型的には母乳哺育されていてビタミンK製剤の投与を受けていない乳児に起こる。母親がフェニトイン系抗てんかん薬,クマリン系抗凝固薬,またはセファロスポリン系抗菌薬を服用している場合,出血性疾患のリスクが高まることも指摘されている。
 新生児にビタミンK欠乏症が起こりやすい理由としては、①ビタミンKの胎盤通過性が低く、出生時に備蓄が少ないこと、②新生児の肝臓が,プロトロンビン合成に関して未成熟であること、③ヒトの母乳のビタミンK含有量は約2.5μg/Lと少ないこと(牛乳は5000μg/Lを含有する)、④新生児の腸管が生後数日の間は無菌であり、ビタミンK2が腸管内で産生されないこと、など指摘されている。
そのため、新生児・乳児用の人工乳には,ビタミンKが添加されている。また、新生児にビタミンKを投与することが強く推奨されている。新生児への投与方法は、2011年に日本小児科学会新生児委員会より「新生児・乳児ビタミンK欠乏性出血症に対するビタミンK製剤投与の改訂ガイドライン(修正版)」が発表され、合併症を持たない正期産新生児への予防投与として、「出生後・生後1週間(産科退院時)・生後1か月の3回投与」が一般的である。しかし、3回投与後の乳児にビタミンK欠乏性出血症の発症報告があることから、その発生を予防するため生後3か月までビタミンKを週1回投与している施設もある。

胎児期にもビタミンK欠乏が原因となって胎児の脳出血が起こる!
 ビタミンKは緑色野菜に広く含まれ、また正常な腸管に生息する細菌が合成するために健康な成人にビタミンK欠乏症が発症することはない。しかし、摂食障害のある人には発症する可能性が指摘されている。なかでも、妊娠中、妊娠悪阻によって食事が摂取できない状況が長期間続いた場合、また、妊娠後期においても摂食障害が続く場合、ビタミンK欠乏症が起こる可能性がある。母体に出血傾向を示すような血液検査異常がみられない場合でもビタミンKの胎盤移行性は不良であるため、胎児にビタミンK欠乏症が起こり、頭蓋内出血などの原因となる。これらの胎児ビタミンK欠乏症としての胎児頭蓋内出血の基礎疾患としては、妊娠悪阻、摂食障害、クローン病などが報告されている。加えて、産科医療補償制度に報告されてきた事例の中にも妊娠後期の摂食不良によるビタミンK欠乏が胎児の脳出血の原因と推定される事例が複数報告されている。そのため、さまざまな要因で長期に食事の摂取できない妊婦には補液の中にWernicke脳症の発症予防にビタミンB1を入れると同様に、ビタミンKの投与を検討する必要がある。

妊婦のビタミンK欠乏症の検査
 スクリーニング検査としてプロトロンビン時間(PT)、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、へパプラスチンテスト(HPT)が、また、凝固因子としては,第Ⅱ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ因子活性が利用できる。測定値としてはPT、APTT、HPTは延長し、第Ⅱ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ因子活性は低下する。また、PIVKA-IIが利用される。第Ⅱ因子であるプロトロンビンは肝臓で合成され、その際にはビタミンKを必要とする。この合成にビタミンKが不足していると凝固活性を持たない異常蛋白であるPIVKA-IIが産生される。そのため、ビタミンKが欠乏するとPIVKA-IIが高値を示す。

ビタミンKの投与法
 ビタミン K 製剤には、K1(フィトナジオン)製剤と K2(メナテトレノン)製剤がある。出血傾向が軽微で、腸管からの吸収障害がない症例に対しては ビタミン K製剤の経口投与で充分である。しかし、腸管からの吸収障害や重篤な出血に対しては、ビタミン K製剤の静注が必要である.臨床病態からあきらかに ビタミン K欠乏による著しい止血異常と考えられる場合には、成人では 10~20mg、新生児・幼若乳児では体重に応じて 0.5~1.0mg/kg の ビタミン K製剤を静注する。ビタミン K欠乏をひき起こす病態が続いている場合には静脈内投与を週 1~2 回継続するが、投与されたビタミン Kは肝組織などにストックされるので通常は週に 1回程度で充分である。
摂食障害のある妊婦へのビタミンK投与においては胎盤通過性が低いため、胎児にどの程度移行するかは明らかではないが、通常の予防的な投与では、週1回10~20mgで十分と考えられる。

参考文献
森川俊太郎、恩田哲雄、他. 栄養摂取不良の母体から出生し早発型ビタミンK欠乏による頭蓋内出血を来した双胎の1児例. 日本未熟児新生児学会雑誌26巻、117-123、2014年