14.初期の超音波マーカー検査

前回は、妊娠初期の胎児の形態異常のスクリーニングについてお話ししました。今回は、それとは異なる、超音波マーカー検査についてお話します。
超音波マーカー検査とは、nuchal translucency (NT)などの超音波計測に基づく、染色体異常のリスクを推定する検査です。しかし、正しい理解がないと、無用な心配や、望まない侵襲的検査に導きかねない情報を含みますので注意を要します。

1)診断検査とスクリーニング検査
診断検査は、直接異常そのものの所見の有無を確認しようとするものです。前回お話しした、超音波による形態異常の検出は診断検査です。
一方、スクリーニング検査は、疾患に特異的ではなくても関連する所見を見つけ出し、ハイリスクなケースをピックアップするために行う検査を指します。ある所見があれば(或いはなければ)疾患を同定できるものは診断ですが、ある所見や検査値があった場合、異常である可能性が高いけれども正常なこともあるというような状態がスクリーニングなのです。その時、その疾患に関連する所見や検査対象の物質のことをマーカーと呼びます。

2)マーカーによるスクリーニング
マーカーが正常例でみられる頻度(偽陽性率)が低く、異常例での頻度(感度)が高ければより精度の高いマーカーと考えられます。マーカーのperformanceを表すものとして尤度比(ゆうどひ)Likelihood Ratio (LR)という指標が使われます。尤度というのは起こりやすさのことで、LRは、上記の感度を偽陽性率で割ったもので、高いものがよりよいマーカーということになります。
事前に分かっている確率にLRを掛け算すると、異常である確率を求めることができます。例えば、1/500の頻度で起きることが分かっている異常に対し、LRが2であるマーカーが陽性であった場合は、その人のリスクは1/250と考えられます。LRはひとつでなく、いくつかの独立したマーカーを全部掛け算することで、それらのマーカーを考慮した確率を算出できます。

3)妊娠初期の染色体異常検出のための超音波マーカー
胎児染色体異常の確定診断は、絨毛・羊水染色体検査によってしかできません。しかし、それらの診断検査は、穿刺という侵襲を伴うため、多少なりともリスクがあります。そこで、染色体異常のハイリスクな児をスクリーニングするための方法が考案されています。
初期の染色体異常のスクリーニング検査は、ダウン症候群、18トリソミー、13トリソミーのリスクを推定します。LRが高い超音波マーカーとしてNTが知られています。NTは、Nicolaides らによって1990年初頭にはじめて報告されました1, 2)。正常、異常に関わらず、妊娠3カ月頃に超音波でみる胎児後頸部の皮下のことを示しますのでNTは全ての児にみられ、その厚みをマーカーとしています。マーカーとして使えるのは妊娠11-13週だけです。
NTは皮下の厚みですので、当然、児が大きくなればなるほど厚くなります。NTの厚さの中央値は、妊娠11→13週で1→2mmと変動します。NTは個体差があり、厚めの児もいれば、薄めの児もいます。その中で、染色体異常があると厚くなる傾向があるという現象をマーカーとして利用しようというものです(厚さをLRにします)。例えば、児がダウン症候群であるもともとの確率は1/500ですが、NTが4, 5, 6 mmとなると、20 %, 30 %, 50 %になると推測できます。しかし、あくまでもマーカーでありますから、それらの厚さがあっても、健常生児を得る確率は、70 %, 50 %, 30 %であることも知られています3)。ですので、NTだけではダウン症候群であるか否かを語ることはできず、これらの推定された確率を依頼者がどう考えて、羊水検査などの侵襲的検査をするか否かの判断材料に利用されます。

4)NT計測は容易でない
NTは胎児の成長にともなって増大傾向を示すので、NT測定値だけでなく正確なCRLの測定値も必要です。正しくリスク評価するためにはCRLで補正したNT測定値を用いなければならない。
NTの測定は、超音波断面が斜めに切れれば当然厚く計測されるため、児が画面上部を向いた胎児正中において計測されなければならない。適切な胎児の正中矢状断の画像は一面しかなく、間脳、鼻尖、鼻骨、上顎骨、後頚部、背骨が入っていて、頬骨、脈絡叢、眼窩などが入っていない画像である。

NTは0.1ミリのオーダーで測定されるため、画面いっぱいに胎児胸部以上が拡大されていなければならない。この画像上でOn-to-onのルールで適切に置かれた計測キャリーパーによって測定を行う。特に胎勢に影響を受けやすいCRLについても同様であり、頭頂から外陰部までがきれいに描出された画面で測定されなければならない。

超音波検査によるこれ程細かい測定であるので、胎児の位置などで正確な測定が困難なことも少なくない。その場合は、他の評価方法を選ぶべきであり、血清マーカーなどが考慮される。初期の超音波マーカーは、他にnasal bone, facial angle, tricuspid flow, ductus venosusなどが知られている4)。

ダウン症候群の確率計算をするためには専用のソフトウエアを用いる。これはFMFの認定を受けていないと使用することができない。詳しくは、Fetal medicine foundation, LondonのHPを参照のこと。

5)遺伝カウンセリングが必須
初期の超音波マーカーは、検査前後の遺伝カウンセリングが重要である。本検査だけでなく、染色体検査、異常時の対応など幅広く、クライエントに情報提供できる体制なくして行うべきでない。また、対象が小さいため高解像度な超音波機器を要し、条件によって見づらい場合も少なくない。所見の有無をとるために相当の時間がかかることもあり、個人の努力レベルだけでなく、外来、健診体制の見直しをも要する。

References
1)Nicolaides KH, Brizot ML, Snijders RJ. Fetal nuchal translucency: ultrasound screening for fetal trisomy in the first trimester of pregnancy. British journal of obstetrics and gynaecology 1994:101:782-6
2)Nicolaides KH, Azar G, Byrne D, et al. . Fetal nuchal translucency: ultrasound screening for chromosomal defects in first trimester of pregnancy. BMJ (Clinical research ed 1992:304:867-9
3)Souka AP, Von Kaisenberg CS, Hyett JA, et al. . Increased nuchal translucency with normal karyotype. American journal of obstetrics and gynecology 2005:192:1005-21
4)Nicolaides KH. Some thoughts on the true value of ultrasound. Ultrasound Obstet Gynecol 2007:30:671-4