13.HTLV-1の母子感染の予防対策(改訂版)

 HTLV-1(Human T-cell Leukemia Virus type-1:ヒトT 細胞白血病ウイルス)の感染によりキャリアとなった成人において,CD4陽性T細胞の腫瘍性増殖が起こることがあり、これがATL(Adult T-cell Leukemia:成人T 細胞白血病)です。その他にHTLV-1感染は痙性脊髄麻痺を起こすHTLV-1 関連脊髄症等の原因にもなります.HTLV-1 キャリアからのATLの生涯発症率は3~7%程度で,40歳以上のキャリア約750~2,000人の中から1年に1人発症するといわれています.ATLに有効な治療法はまだ開発されていません.わが国のHTLV-1キャリア成人数は約108万人と推計され、沖縄や九州地方でキャリア率が高いことが知られていますが,近年は、全国へのキャリアの拡散が報告されています。HTLV-1感染には,感染細胞が他のT細胞に接触する必要があることから,その感染経路は,母子感染,血液の移入(輸血,臓器移植,注射),性交による感染(主に男性から女性)に限定されると考えられています.

妊婦でのHTLV-1キャリアのスクリーニング

 妊婦健診においてはスクリーニング検査の実施が産婦人科診療ガイドラインで強く推奨されています(推奨度A)。スクリーニング法はゼラチン粒子凝集法(PA 法)や化学発光酵素免疫測定(CLEIA)法で行われていましたが、HTLV-1 抗体検査法の進歩を受けて、HTLV-1の一次抗体検査法として、PA法とCLEIA法に加え、化学発光免疫測定(CLIA)法と電気化学発光免疫測定(ECLIA)法が追加して「HTLV-1感染の診断指針*」で推奨されることになりました。
しかしながら、これらのHTLV-1の一次抗体検査法には非特異反応による偽陽性が少なからず存在するため、スクリーニング検査陽性だった場合には確認検査が必要になります。その確認検査としてはウェスタンブロット法(WB 法)が主に用いられてきましたが、WB法においては10~20%が「判定保留」となり、ウイルスは存在するが産生抗体力価が低い状況では、抗体検出系であるWB 法のみでの確定診断は困難なことがありました。そこで判定保留率を低下させる目的でラインブロット(LIA)法が新たに開発され、2017年10月31日に新たな確認検査法として保険収載され、利用できるようになりました。このことで、今後は確認検査としてWB法とLIA法のいずれかが用いられることになり、この方法で陽性と判定された場合にはHTLV-1感染(症)と診断できることになります。
スクリーニング検査陽性の妊婦さんに確定検査を行う場合には、最初に行った一次抗体検査法の結果が必ずしも感染を意味しないこと,偽陽性が比較的多くあることを説明し、妊婦が不安感を強くもつことのないよう丁寧に説明することが必要です。
実際に2011年に日本産婦人科医会が厚労科研板橋班と共同で行った調査によると妊婦でのHTLV-1スクリーニングの陽性率の全国平均は0.3%でしたが、陽性者の80.5%にしかWB法での確認検査が行われていませんでした。WB法での検査を行った場合の陽性率は51.6%、陰性率は36.7%、判定保留は11.7%でした。
確認検査で判定保留となった場合には末梢血細胞ゲノム中の HTLV-1ウイルスDNA(プロウイルスDNA)を特異的に検出する核酸検出法(PCR 法)が行われ、HTLV-1プロウイルスが検出された場合(検査結果が陽性)、HTLV-1感染(症)と診断されます。PCR 法については2016 年4月よりWB 法などの確認検査で判定保留の妊婦に対して保険収載されています。PCR法による検査により、確認検査で判定保留の妊婦の20%程度が陽性となり、HTLV-1感染(症)であることが確認されます。一方、PCR法で陰性/判定保留と判定された場合には母子感染率は低いと考えられますが、母子感染しないというエビデンスがあるわけではありません。
平成30年3月に出された「HTLV-1感染の診断指針*」によるHTLV-1の抗体スクリーニングの手順を以下に示します。

図.HTLV-1感染の診断指針*で示されたHTLV-1の抗体スクリーニングの手順

*「HTLV-1感染の診断指針」:日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「HTLV-1の疫学研究および総合対策に資する研究」研究班(研究代表:浜口功)が平成30年3月に発出した指針(https://www.jaog.or.jp/news/htlv-120180409/

HTLV-1キャリアへの説明

 将来のATL発症率などを示してHTLV-1 に関する正しい知識を提供する必要がありますが、不安をかき立てることがないような配慮が求められます。これらの説明・カウンセリングの際は,「HTLV-1 母子感染予防対策保健指導マニュアル(改訂版)」(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/boshi-hoken16/dl/05.pdf)を参考にすることが勧められます。家族への説明は妊婦本人が希望する場合にのみ行うこととし、希望しない場合には,医師(医療者)からは家族への説明を行わないのが原則です.

母子感染の予防のための説明

 HTLV-1 は主に経母乳感染することから、現時点では母乳をやめて完全人工乳にすることが最も信頼できる予防手段とされ、推奨されています。しかし、母乳の利点をできるだけ活かしたいと母乳哺育を希望する母親もおり、このような母親の選択肢に短期母乳、凍結母乳がありますが、まだその安全性が確立されたものではありません。現在厚生労働省研究班(板橋班)によりそれらの比較研究が行われています。これまでに報告された授乳方法別の感染率を表に示します。

・ 完全人工乳栄養:初乳も含め母乳を全くあげないことで児への感染を予防する理論的にも最も確実な方法で、推奨されている方法です。
・ 短期母乳栄養:授乳期間を生後90日までに制限する方法です。児に母親からの移行抗体が残存すると考えられる短期間(生後90日間)だけ母乳栄養を行い、その後、人工栄養にする方法です。母乳栄養を一時期行えるというメリットがある反面、うまく人工栄養に移行できずに母乳栄養を漫然と継続してしまうことが起こります。母乳栄養がうまく人工栄養に移行できるように、サポートする必要があるといわれています。
・ 凍結母乳栄養:搾乳して24時間以上凍結することで、感染リンパ球を破壊してから授乳する方法です。手技が煩雑なこと、母乳パックに費用が掛かること、最近のcell alive system(CAS)搭載の冷凍庫では、感染細胞が破壊されにくいため利用することができないことなどのデメリットがあります。

乳汁栄養法 検査対象(人) 陽性者(人) 陽性率(%) 機序
母乳栄養(90日以上) 525 93 17.7 中和抗体の減少、長時間にわたる感染細胞の曝露
完全人工栄養 1553 51 3.3 感染細胞の曝露が少ない
短期母乳(90日未満) 162 3 1.9 中和抗体の存在、感染細胞の曝露が短期間
凍結母乳 64 2 3.1 感染細胞の破壊・死滅

児の感染のフォローアップ

 授乳法にかかわらず、児がキャリアになったかどうかを判定できるのは3歳以降とされています。抗体検査については、3歳になった頃に医療機関に相談するように指導し、そこでHTLV-1感染についての説明を再度聞いて、検査を受けるかどうかを決めてもらうのが良いでしょう。理想的には連携する小児科にも情報提供し、母乳栄養法の確認などを含め、児のフォローアップを行うことが推奨されます。
確実にフォローアップを行うためのツールとして、当医会では日本小児科医会とも協力して妊娠中の検査結果や児の健診記録を記録できる小冊子「HTLV-1母子感染を防ぐために」を作成しています。配布を希望される医療機関は当医会事務局までお問い合わせください(https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2017/05/HTLV-1.pdf)。