13.提供配偶子 まとめ

代理懐胎には、夫の精子を第三者の子宮に人工授精の手技を用いて注入して懐胎させ、この第三者が妻の代わりに妊娠・出産するサロゲートマザーと、妻の卵子を体外受精で行われる採卵の手技を用いて妻の体外に取り出し、夫の精子と受精させ、胚となったものを第三者の子宮に移植すること(IVFサロガシー)によりこの第三者を 懐胎させ、この第三者が妻の代わりに妊娠・出産するホストマザーがある。(1)以下ホストマザーについて記す。
1978年に英国で成功したIVFは画期的な技術で、日本においても1990年頃よりIVFが瞬く間に広まった。それに伴い、1999年、2001年に日本人でIVFを用いた代理懐胎が行われたことが明らかになり、2003年より法務省、厚生労働省において国内の対応が検討された。
 2003年に日本産婦人科学会は会告「代理懐胎に関する見解」において、「代理懐胎の実施は認められない。対価の授受の有無を問わず、本会会員 が代理懐胎を望むもののためにこれを実施したり、実施に関与してはならない。また代理懐胎の斡旋を行ってはならない。」とした。(2)その後、2008年に日本学術会議が1年以上かけて対外報告‘代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題—社会的合意に向けて’をまとめた。(1)議論の主な内容は次に記す。①代理懐胎には法律による規制が必要で、それまでは原則禁止とすることが望ましい。 ②営利目的で行われる代理懐胎には、施行医、 斡旋者、依頼者を対象とした処罰をもって臨む。 ③母体の保護や生まれる子の権利・福祉を尊重するとともに、代理懐胎の 医学的問題、具体的には懐胎者や胎児・子に及ぼす危険性のチェック、特に出生後の子の精神的発達などに関する長期的観察の必要性、さらに倫理的、法的、社会的問題など起こり得る弊害を把握する必要性にかんがみ、先天的に子宮を持たない女性および治療として子宮の摘出を受けた女性を対象に限定した、厳重な管理下での代理懐胎の試行的実施(臨床試験)は考慮されてよい。④試行に当たっては、登録、追跡調査、指導、評価などの業務を公正に行う公的運営機関を設立すべきである。一定期間後に十分に検討した上で、問題がなければ一定のガイドラインの下に容認する。⑤親子関係については、代理懐胎者を母とし、代理懐胎を依頼した夫婦と生まれた子については、養子縁組または特別養子縁組によって親子関係を定立する。⑥出自を知る権利については、子の福祉を重視する観点から最大限に尊重すべきであり今後の重要な検討課題である。⑦生命倫理に対する諸問題については、公的研究機関、委員会を創設し、処理していくことが望ましい。⑧代理懐胎をはじめとする生殖補助医療について議論する際には、生まれる子の福祉を最優先とすべきである。
 上記のように議論されるも現在まで法律は整備されてない。諸外国においても、代理懐胎における規制は無規制、自主規制、法令または判例によるなど一様ではない。
現在、IVFサロゲートを認めている国は36%と少数派であり、可能な国は、オーストラリア、ベルギー、カナダ、チリ、コロンビア、チェコ、ギリシャ、インド、イラン、メキシコ、ルーマニア、ロシア、南アフリカ、英国、米国などが挙げられる(図1。第107回日本産婦人科医会記者懇談会より)。

図1.代理懐胎の諸外国での現状(IVFサロゲート)

 現段階で代理懐胎が整備されていない日本においては、代理懐胎を希望するものは諸外国に渡っているのが実情である。また昨今、夫婦の依頼者以外に性の多様化に伴い同性愛カップルでの代理懐胎の利用やまた独身男性が子を持つために代理懐胎を利用するなど、さらに状況は複雑化している
提供配偶子を用いる不妊治療は、1940年代から日本を含む世界の限られた施設で行なわれてきたAIDに始まる。また、1978年に英国より始まったIVFにより、1985年には海外で提供卵子を用いる体外受精が行なわれている。しかし日本では、1983年日本産科婦人科学会の”『「体外受精・胚移植」に関する見解』”が、生殖補助医療の適用を婚姻関係にある夫婦に限定したことを尊重し、体外受精・胚移植における第三者配偶子の使用は施行しないこととして各施設により自主規制されてきた。
 1998年より協議していた厚生省は「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」(3)を2003年4月に提出し、非配偶者間人工授精を含む第三者配偶子を用いる生殖医療を一定の条件のもとに施行可能とする方向性を示したと同時に、法制審議会により、第三者配偶子を用いる医療により出生した子の民法上の親子関係を規定するための法整備が着手された。
 2008年日本学術会議が検討したが、そこにおいても第三者配偶子を用いる生殖医療については具体的に触れられず、「今後、新たな問題が将来出現する可能性もあるので、引き続き生殖補助医療について検討していくことが必要である」と述べるに留められた。(2)
2008年JISARTは卵子提供を希望する夫婦が海外渡航等によって卵子提供を受けている実情と、上記の報告書の方向性も踏まえ、提供配偶子による体外受精の民間実施機関としてのガイドラインを作成した。(4)
 日本生殖医学会は、2009年第三者配偶子を用いる生殖医療についての以下の様な提言を発表した。(5)解決すべき問題点が多いとはいえ、第三者配偶子を用いる治療を必要とする夫婦が一定数存在する以上、遵守すべき条件(配偶子被提供者の対応と要件、配偶子提供者の要件と安全性およびプライバシーの確保等)を設定した上で提供配偶子を使用した治療を実施する合理性がある。 ただし、治療を受ける夫婦の安全と利益を担保し、生まれてくる子及び提供者の権利と福祉を守るために、法律やガイドラインなど一定の条件に基づく管理された治療が妥当である。 国は、第三者配偶子を用いる生殖医療の情報管理のための生殖医療に関する公的管理運営機関の設立と民法上の法的親子関係を明確化する法律整備について至急取り組む必要があるとした。
  臨床的には、卵子提供による体外受精に関する比較研究 によると、妊娠中の異常出血、 妊娠高血圧症候群、子宮内胎児発育遅延、早産が、通常の妊娠に比べて高い頻度でみられている。(6)この原因として、懐胎者の性機能の不全、胎児と懐胎者が遺伝的共通因子を全くもたないことによる不適合が考えられている。また、懐胎者の年齢が高いことにより妊娠中の異常が発生する頻度が増すことは、通常の妊娠において広く知られているばかりでなく、卵子提供においても報告されている。(7)

 JISARTの報告によれば2007年から2017年までに81件が倫理委員会に承認されている。しかし、卵子提供者もみつけにくく、カウンセリング開始から倫理委員会に承認を受け治療を開始できるのに約1年を要しているのが現状である。このため、アメリカで卵子提供を受けたり、最近ではアメリカより安価でかつ国営で卵子提供を行っている台湾での卵子提供を選択するレシピエントも増えてきている。

 ARTの法律等による規制に関してIFFS Surveillance 2016によると、IFFS加盟国70カ国中(回答にあった)、40カ国(57.1%)で何らかの法規制あり、その内17カ国(24.3%)は、日本と同様に学会ガイドラインのみ、13カ国(18.6%)は規制なしであった。
日本と同様に学会ガイドラインの国は、チリ、コロンビア、エクアドル、インド、アイルランド、ナイジェリア、フィリピンなどであった(図2。第107回日本産婦人科医会記者懇談会より)。

 図2.ARTの法律等による規制

 代理懐胎および配偶子提供に関し、国による夫婦に対するカウンセリング体制の充実、民法上の「親子関係規定」等の法整備、子の「出自を知る権利」を保証するためのガイドラインを含めて、代理懐胎および配偶子提供による生殖医療が適正に行われるための枠組みが整備されることが期待される。

参考文献
(1)代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題-社会的合意に向けて- 日本学術会議 2008
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t56-1.pdf

(2)代理懐胎に関する見解 日本産婦人科学会日本産科婦人科学会会告 2003 
http://www.jsog.or.jp/about_us/view/html/kaikoku/H15_4.html

(3)精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書 厚生科学審議会生殖補助医療部会 厚生労働省2003
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/04/s0428-5.html

(4)精子・卵子の提供による非配偶者間体外受精に関するJISARTのガイドライン JISART(日本生殖補助医療標準化機構) 2008
https://jisart.jp/about/external/guidline/

(5)第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言 日本生殖医学会2009
http://www.jsrm.or.jp/guideline-statem/guideline_2009_01.html

(6)Söderström-Anttila V: Pregnancy and child outcome after oocyte donation. Hum Reprod Update 7(1):28-32, 2001: Abdalla HI, Billett A, Kan AK, Baig S, Wren M, Korea L, Studd JW: Obstetric outcome in 232 ovum donation pregnancies. Br J Obstet Gynaecol 105(3):332-337, 1998: Salha O, Sharma V, Dada T, Nugent D, Rutherford AJ, Tomlinson AJ, Philips S, Allgar V, Walker JJ: The influence of donated gametes on the incidence of hypertensive disorders of pregnancy. Hum Reprod 14(9):2268-2273, 1999. 11

(7)Soares SR, Troncoso C, Bosch E, Serra V, Simón C, Remohí J, Pellicer A: Age and uterine receptiveness: Predicting the outcome of oocyte donation cycles. J Clin Endocrinol Metab 90(7):4399-4404, 2005. 7