11.こんな時どうする? ~寝たきり高齢者の子宮留膿症

近年は、産婦人科領域においても遺伝子医療等が注目され、産婦人科医療も日進月歩している感がします。一方で、日々の診療、特に女性医学領域では陰部の掻痒感一つ治療に難渋する日々を送られている先生方も多いのではないでしょうか?

 さて、今回は具体的な実症例をご提示いたします。特に正解があるということではなく、自身の独善的解説を加えさせていただきました。身近な症例一つを振り返ってみても色々な考え方(治療方針)があることが理解いただければ幸いです。

<症例> 90歳代 脳出血後の片麻痺で寝たきり。普段は特別養護老人ホームに入所している。持続する微熱精査にて内科入院中。バイタルサインに問題なく、症状訴えなし。看護師がオムツに付着する帯下が多いのに気づき婦人科依頼となった。

 先生なら、どのような治療(対応)を選択しますか?(複数選択可)

・カルテ診で返事のみ
・腟培養提出
・抗菌剤腟錠挿入
・抗菌剤点滴
・経腟エコー検査
・ドレナージ
・膿培養提出
・子宮摘出
・放射線治療

<解説>
 治療方針の前に、子宮留膿症についてですが、日産婦学会の用語集では子宮留膿症(子宮留膿腫)ということになっています。ガイドラインや必修知識に記載はございません。「産婦人科研修ポケットガイド」、「産婦人科ベッドサイドマニュアル」、「産婦人科研修ノート」、「病気がみえる」等にもほとんど単語程度の記載だけです。「標準産科婦人科学第4版」くらいの厚い教科書になると、子宮体部の炎症性疾患の項に少し掲載されています。

WIKIPEDIAでpyometraをみると、主に犬猫の病気として記述されており、敗血症予防に緊急子宮卵巣全摘(ホルモン的に去勢状態の方が再発しにくいため、ヒトでもいえるがヒトの場合、閉経後子宮萎縮による頸管閉鎖が原因となることも多い)が治療として挙げられています。ちなみに家畜の子宮の多くは管状であり、子宮留膿症になるとヒトでの卵管留膿症のような形態になるようです。

一部の医局では新入局員にバイブルとして贈呈される婦人科の教科書ノバックにも、pyometraに関して記載がありません。ちなみに、現在「Berek & Novak’s Gynecology」の最新版は16版となっていますが、安いからといって中古本を買うと、e-bookのシリアル番号が使えないことが多いと思われますのでご注意ください。

2000年代になってから、産婦人科の雑誌で子宮留膿症をみることはほとんどなくなりました。多くは子宮内膜炎の項のついでに記載されていれば良い方です(こんなときどうする産婦人科外来マニュアル 産科と婦人科 74巻11号 2007年)。子宮留膿症の治療がされずに子宮穿孔となるケースも珍しくなく、汎発性腹膜炎として外科で手術される報告の方が多い割に、放置された転帰について産婦人科医にはあまり知られていない印象です。

1990年代の雑誌をみると、わずかですが子宮留膿症が項目となった記載があります(産婦人科治療の実際 産科と婦人科1990増刊号)。症状として、膿性帯下、閉経後の出血、下腹痛、Simpson徴候(子宮内腔の圧が高まると子宮収縮をきたして陣痛様下腹痛と共に膿が腟内へ排出される現象)が、治療として頸管拡張によるドレナージや抗菌剤投与が記載されています。

検査ですが、ただ腟内から適当に検体採取すればよいのではなく、子宮内膜癌や淋病・性器結核をチェックする場合には、多少の工夫が必要です。嫌気性菌が多いので膿汁をシリンジ等で吸引して提出するのがベターです。高齢者の場合、淋菌・クラミジア検査の必要性は稀ですが、培養検査よりもPCR検査の方が感度は高いと考えられます。性器結核は内膜組織を採取しないと分かりませんが、膿が多いと内膜組織どころか内膜細胞すら採取困難です。T-SPOTや腫瘍マーカー等の血液検査や画像検査も有用です。膿に血性成分が含まれる場合やエコーで子宮内腔が平滑でない場合には、子宮内膜癌を疑い精査を提示すべきでしょう。

さて、前置きが長くなりましたが、各治療(対応)に対する個人的なコメントを記します。

 「また帯下で婦人科依頼してきた!寝たきりで内診台での診察不可で院内往診希望だと!大した検査もできないし面倒だな!」とカルテ診にして腟錠処方して返事をされる、多忙な先生もいらっしゃるかもしれません。
 コロナの時代で気持ちはわかりますが、単に帯下だけでなく微熱とはいえ発熱のある患者さんを診察しないで経過観察方針にすることは、産婦人科医師として好ましいとはいえず、陰で他診療科の医師から「使えない産婦人科医」のレッテルを貼られているかもしれません。
これからは、発熱等の症状がなくても両手手袋、マスク、フェイスシールド(+ガウンか使い捨てエプロン着用)で内診や往診、検査処置をする時代になるでしょう。

とりあえず、往診して診察します。
この患者さんは静かで問診も可能でしたが、認知症の患者さんとかだと内診時に暴れるので、看護師2人がかかりで手早く診察することになります。真面目な後期研修医の先生だとクスコをかけて、腟培養とスメアを取ったら、腟洗浄して腟錠入れておしまいでしょうか?
面倒でも往診時に経腟エコーを持ってきて診察することをお勧めします。現代の婦人科診療において経腟エコーは聴診器代わりであり、内診・クスコ診だけで内性器の診察を十分にやったとはいえませんし、エコーなしで頸管拡張や子宮内腔の処置はお勧めしません。処置に自信のない先生方でも産婦人科医として的確な診断はできる必要があります。

また、依頼状の内容は単なる帯下症状だけであっても、事前にカルテで経過を確認して、発熱や腹痛等の症状や炎症反応等の検査結果を見ていれば、骨盤内感染性疾患をチェックすべきであることが推察可能です。この症例では、発熱精査で全身CTが撮られていましたが、放射線科レポートには「年齢に比して子宮内腔が目立ちます」とだけ記載がありました。レポートだけでなく産婦人科医が画像をみれば、往診前に子宮留膿症を強く疑えましたので、最初からヘガール拡張器等を持参して院内往診に向かいました。

実際の診察では、経腟エコーで確認してから、フォーリーカテーテル(尿道に入れる14Fr程度のバルーンカテーテル)を子宮内に留置して、ドレナージ・膿培養を提出しました。CMZ点滴開始を指示して翌日には解熱、3日後には膿排出もなくなり、血液検査で炎症反応は低下し腫瘍マーカーは基準値内でした。

子宮留膿症は膿瘍ですから、膿瘍の治療の原則としてまずドレナージを検討します。手術や穿刺ドレナージの選択肢もありますが、ベッドに這いつくばってでも侵襲の少ない経頸管ドレナージができればベストでしょう。但し、閉経後の炎症で腫大した子宮は容易に穿孔しますので、説明同意の取得や画像での確認をしましょう。

一時的にドレナージしても頸管がすぐ閉鎖して再発することが多いので、膿排出が止まっても個人的にはカテーテルの長期留置を勧めています。尿路や血管内と違ってカテーテル自体が感染源となることはほぼなく、先端を開放にして時々管内を洗浄すればIUDと違い子宮内腔が嫌気状態でないことを保持できる点が有利です。頸管拡張処置をせずにヒスキャス(子宮卵管造影用のバルーンカテーテル)を留置してドレナージするのも挿入手技はより簡便ですが、詰まりやすいのと細くてガイドワイヤーの分だけ固いので注意が必要です。

患者さんの状態や自身の技量を鑑みて処置はリスクが高い、と判断したなら、患者や担当医に説明して、抗菌剤点滴だけで様子をみる(落ち着くまで2週間以上かかることが多く、症状再燃リスクも高いですが)こともありだと思います。嫌気性菌をカバーする第2世代セフェム系抗菌剤を投与することが好ましいですが、基礎疾患を有する老人に対して最初はカルバペネム系抗菌剤等を培養結果が出るまで開始するのも安全かもしれません。この患者さんは、子宮留膿症の軽快後に緑膿菌肺炎を併発していました。

さて、この患者さんには急変時DNARの承諾書が取られていたのもあり、主治医に説明して子宮がんの精査はしませんでした。精査をする場合には、慌てて細胞・組織検査を提出しても偽陰性となる可能性が十分ありますので、炎症が落ち着いてからやりましょう。高齢で悪性腫瘍の精査治療を希望されなくても、性器出血や貧血のコントロールが困難な状況になる可能性を説明して、放射線治療や輸血、UAE、子宮摘出等の症状緩和治療を提示することも大切です。